Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

松島憲之「アナリストの分析における非財務情報の活用」

抜粋
  • 非財務情報に関しては,欧州を中心に,ESG(環境,社会,ガバナンス)をはじめとした非財務情報の適切な開示や,その制度化を求める動きが強まっている.日本でも,非財務情報の重要性を意識した動きが始まっており,「世界知識資本・知的資産推進構想(World Intellectual Capital/Assets Ititiative)」の日本組織であるWICIジャパンが,統合報告書を意識したレポートを発表している優秀な企業の表彰などを行うことになった.
  • 法定ディスクロージャーとして,最も代表的なものが有価証券報告書である.そして,民間規制による適時開示として決算短信がある.これらは財務情報が中心であり,決算報告書やバランスシート,キャッシュフロー計算書などがある.一方,非財務情報には,経営者や従業員の状況,事業環境などに加えて,CSR報告書や知的財産報告書などがある.
  • 企業価値の説明要員に占める非財務情報の割合は増加傾向にあり,この非財務情報を開示する重要性が増している.
  • アナリストは,当然ながら財務諸表から財務内容を中心に分析するが,売上高や利益率が上昇・下降する要因について,財務諸表だけでは分からないことも多い.そのような場合に,非財務情報を活用することで,より明確に,変化の要因を突き止めることができる.
  • アナリストにとっては現場体験が重要である.それは,工場見学で実際に観察してきたことや生産ラインが企業収益へ及ぼす影響についての考察などが,アナリストレポートの説得力を高める背景のひとつとなるからだ.
  • 非財務情報開示の目標は,企業価値の向上につなげていくことである.ディスクロージャーが優良な企業には共通項が見られる.
    • 第1に,財務情報と非財務情報との統合化を進め,財務情報の変化を言葉で保管し分かりやすく読み手に伝えていることができていること.
    • 第2に,事業戦略の道筋が明確化されていること.
    • 第3に,自社にとって特徴的な要因を「見える化」すること.
  • 証券アナリストは,企業価値を分析し,それが株価に正しく反映されているかを考察し,投資家に投資アイデアを提供することである.
  • 例えば,自動車業界であれば,先ず自動車販売協会や自動車工業会などが発表するデータをベースに業界や企業分析を行い,次のその分析を補完するために企業訪問によるヒアリングを行うことで,収益予想などの仮説を構築しレポートを作成する.
  • 非財務情報は,工場見学や経営トップとのミーティングなどで得ることが多い.加えて,財務情報以外の情報を,あらゆる方面から入手しようと努力することもアナリストの本質的な仕事である.
  • 日常生活の中にも情報は溢れており,常に意識して入手していかなければならない.例えば,テレビの「サザエさん」は,長らく東芝の単独コマーシャルであったが,ある時からマクドナルドなどの複数企業によるコマーシャルに変わった.これは,東芝の財務余力が低くなった可能性を示している.
  • 非財務情報で特に重要性が増しているのは,知的財産である.
  • 株価は,リスクに対して過剰に反応しやすいために,企業は中長期の経営戦略の中で,リスク対応についても語る必要がある.
  • 非財務情報から得られる情報は「パズルの一片」のような断片的情報であり,すぐに結論が分かるものではないが,この断片的な情報を集めて,結論となる全体像を導き出すのがアナリストの能力である.
  • これまでと違った経歴の経営トップが出てきたときには,注意が必要となる.富士重工業の現社長である吉永泰之氏は管理系の出身であるが,直前まで,国内を中心とした販売のトップであった.富士重工業水平対向エンジンなどの優れた技術を持っているが,販売力に少し欠けるところがあった.現在では,その販売力が強化され,米国では,世界で最もインセンティブが低いメーカーとなり,高い価格で販売ができている.
  • 残念ながら,日本では,(WICIで)表彰された企業でも,KPIが十分に説明されている水準までには達していない状況にある.アニュアルレポートや統合報告書において,株価について記述している部分はあるが,株価パフォーマンスについて,経営者が評価した内容の文章を記述しているレポートを見たことはほとんどない.

『証券アナリストジャーナル』52(3),pp.56-66