Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

森下典子『日日是好日:「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』新潮社(新潮文庫)

人から本を勧められることも少ないし,勧められても実際に読んでみることは少ないのですが,これは違いました。で,読んでよかった。

この本がどういう本か,何を伝えようとしているかは,「まえがき」でおぼろげに分かりました。

二十歳のとき,私は「お茶」をただの行儀作法としか思っていなかった。鋳型にはめられるようで,いい気持ちがしなかった。それに,やってもやっても,何をしているのかわからない。一つのことがなかなか覚えられないのに,その日その時の気候や天気に合わせて,道具の組み合わせや手順が変化する。季節が変われば,部屋全体の大胆な模様替えが起こる。そういう茶室のサイクルを,何年も何年も,モヤモヤしながら体で繰り返した。

すると,ある日突然,雨が生ぬるく匂い始めた。「あ,夕立が来る」と,思った。

庭木を叩く雨粒が,今までとはちがう音に聞こえた。その直後,あたりにムウッと土の匂いがたちこめた。

それまでは雨は「空から落ちてくる水」でしかなく,匂いなどなかった。土の匂いもしなかった。私は,ガラス瓶の中から外を眺めているようなものだった。そのガラスの覆いが取れて,季節が「匂い」や「音」という五感にうったえ始めた。自分は,生まれた水辺の匂いを嗅ぎ分ける一匹のカエルのような季節の生きものなのだということを思い出した。

お茶がこういうものだとしたら,広くて深くて興味深く,同時に恐ろしいものだと思いますね。

この著者は,自らのことを「お茶の素質がない」という風に自らを称しているけれど,「素質がない」(と同時にライターのような仕事をしている)からこそ,読者もその「分からないものが分かる」過程をじっくりと追体験できる,と言えるんですが,逆に「素質がある」人がこういう本を書いたら,それはどいういう内容になるんだろうか,というのも,知ってみたいところです。

791.04