Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

ザビーネ・ホッセンフェルダー『数学に魅せられて、科学を見失う:物理学と「美しさ」の罠』みすず書房

裏表紙の紹介文が見事に本書の内容をサマライズしていると思う。

物理学の基礎領域では30年以上も,既存の理論を超えようとして失敗し続けてきたと著者は言う。実験で検証されないまま理論が乱立する時代が,すでに長きに渡っている。それら理論の正当性の拠り所とされてきたのは,数学的な「美しさ」や「自然さ」だが,なぜ多くの物理学者がこうした基準を信奉するのか? 革新的な理論の美が,前世紀に成功をもたらした美の延長上にあると考える根拠はどこにあるのか? そして,超対称性,余剰次元の物理,暗黒物質の粒子,多宇宙……等々も,その信念がはらむ錯覚の産物だとしたら?

著者は実際の研究者(しかし分野に半ば絶望しかけている)であり,それでいて優れた書き手で,さらに熱心なインタビューアーである。隘路に陥った物理学の状況を適切に描写するだけでなく,多くの同業者のコメントを引き出しながら,「たしかに物理学は大丈夫かよ?」という印象を読者に植え付けている。

本書は,美意識に頼った判断がいかに現在の物理学の研究を推し進めているかという物語だ。それは,教わったものをいかに使ってきたかを省みる,私自身の物語でもある。しかしそれはさらに,私と同じく,「自然法則は美しいのだと私たちは信じているが,何かを信じ込むことは,科学者がやってはならないことではないのか?」という不安と闘っている,ほかの多くの物理学者たちの物語でもある。

この「私自身の物語」というところが少し曲者で,自分語りに流れそう,メランコリックなムードが支配しそうな気配があって,それがギリギリのところで押しとどめられている感じ。

420.4

数学に魅せられて、科学を見失う : 物理学と「美しさ」の罠 (みすず書房): 2021|書誌詳細|国立国会図書館サーチ