非常にユニークな――ウンベルト・エコならではという意味で――「論文の書き方」の指南書である。
ユニークなのは3点あって,ひとつはストーリーのように読める箇所が多々あるという点,次に実際の文章の書き方(トピック・センテンスがどうたら)に関する記述が少ない点,そして資料調査と文献引用の方法とに多く紙面が割かれている点だ。
ストーリー性。「新版まえがき」内での「ヴァレ神父」のエピソード *1 ですでに顕著だし,そのあとの「テーマの選び方」や「資料調査」の箇所においても,さまざまな具体的ケースが述べられて,論文執筆のプロセスを疑似体験できる。
文章の書き方。形式的なこと――引用符と傍点の使い方など――に関する記述が多い印象を受ける。一方,日本人の書いた類書にあるような *2「パラグラフとはなにか」「トッピック・センテンスとはなにか」といったようなものはなく,「改行はできるだけしろ」といった記述がある程度。このへんは,対象としている読者の国民性(あるいは論文執筆に至るまでに受けた教育内容の違い)に起因するものなのだろう。文体について――「即物的テクスト」か「比喩的テクスト」かといったもの――についてもさまざまな具体例が出されており,ここにもエコの「芸」を感じる。
資料調査と文献引用。資料調査の具体例を「アレッサンドリア図書館――一つの体験」というかたちでストーリー仕立てにしているのは読みごたえがある。論文内での文献の引用の仕方もさることながら,参考文献の表記方法についても並々ならぬ熱量が感じられる。これらから感じとれるのは,「テキスト」という言葉の持つ本当の意味であり,論文あるいは執筆というものがいかに先人の著作の上に立って行なわれているかということだ。
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論文作法 : 調査・研究・執筆の技術と手順 (而立書房): 1991|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
*1:自分が学士論文を執筆しているとき,たまたま店頭で見つけたヴァレ神父なる人物によって書かれた凡庸な小冊子を読んで,決定的なアイデアに遭遇したとエコは思っていたが,20年以上経ってそのヴァレ神父の本を再読してみたら,「ヴァレ神父は,私がこれまで彼のおかげだと思ってきたような着想を少しも表明していなかったのだ」というもの