これまでに読んだこの手の本の中では,いちばん良かった。前半は理論編で,フランス構造主義時代の物語論を紹介。後半は分析編で,具体的な小説や漫画や映画の「おもしろさ」のポイントを分析していく。
前半の最後,第6章「物語論への批判」で,著者はそれまでの語りを批判的視点も交えてまとめている。つまり,
- 物語論とは「詩学」の一分野である。
- 「詩学」といっても詩の分析をするわけではなく,物語を「解釈」するのと逆のことをする。つまり,ある解釈があったとして,なぜその解釈が生まれるかを明らかにする。
- ジュネットの物語論は,物語の「設計図」=小説の構造を体系的に記述し,分類した。
- もちろんその物語論は,それら構造の「効果」についてはあまり述べていない。しかし「効果」まで考えると,読者の受容――内的な経験や身を置いている文化など――の問題もからんでくる。
後半は具体例の紹介。著者はあえて日本の読者に馴染みのない作品も交えながら解説することで,ブックガイドとなることも意識している。実際,知らない作家や作品が多々登場するし,既知の作品――たとえばガルシア=マルケス『百年の孤独』――も,その面白さの正体が噛んで含めるように解説されており,学びが多い。そして,前半では抽象的な論理を冷静に解説していた著者が,後半では「おもしろい」という主観的な言葉を何度も用いながら作品を解説しているのが面白い――きっとこの「おもしろい」の多用は意図的なものだと思うけど。
本書で残念なのは,誤字が数カ所で見られること。引用文の中で濁音と半濁音を取り違えているだろと思われたケースが2カ所。そして111ページでは間接話法の例文で
She wandered whether she was happy.
というのが出てきたけど,これ「wondered」でしょ。その4ページ後にジョイス『若い芸術家の肖像』の「He wondered from which...」というのが出てきており,なんで著者/編集者/校閲は「wandered」を見逃したのだろうと思う。
901.3