Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

レーモン・クノー『文体練習』朝日出版社

久しぶりに読んでみた。気づいたのは,訳者(朝比奈弘治*1)による〈あとがき〉が,本文に勝るとも劣らないぐらい面白いということだ。

すぐれた書物というものは普通,豊かな内容を格調の高い文体で表現したものと相場が決まっている。「乏しい内容」を「バラバラな文体」で書いた本など,いったい誰が読む気になるだろうか。ところがレーモン・クノーの『文体練習』Raymond Queneau, Exercices de style, Gallimard, 1947. は,まさにそのようなやり方で書かれた世にも珍しい本であり,しかもそれゆえにフランスでは広く愛読されつづけているという,きわめて逆説的な書物である。

全部で99ある〈文体〉あるいは〈変奏〉。日本語に比較的訳しやすいものもあれば,訳すのが難しいものもあれば,直接的には訳せないものもある(例えばアナグラム)。その〈訳せない〉ものについて朝比奈は,まずクノーが設定した〈ゲームのルール〉を理解し,その〈ルール〉を日本語に当てはめ,それで〈日本語訳〉を完成させている。あるいは思い切って,オリジナルでは「イタリア訛り」であるものを「いんちき関西弁」として日本語化している。

こうした全体的な〈訳出〉あるいは〈日本語化〉プロセスは,訳者にとってはマゾヒスティックな快感をいだくものだっただろう。その苦悩の跡が「訳者あとがき」には丁寧かつ正直につづられている。それを読むことでフランスの文法の一端に触れることにもなり,「可能なら本書を原文で読みたい」と思わずにはいられない――実際,「この作品はフランス語を学ぶ外国人のための教科書として使われることもある」のだそうだ。

954.7

文体練習 (朝日出版社): 1996|書誌詳細|国立国会図書館サーチ