Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

ジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた:人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』白揚社

原題は『The Secret of Our Success: How Culture Is Driving Human Evolution, Domesticating Our Species, and Making Us Smarter』。ここで〈文化〉といっているのは音楽とか芸術とか絵画とかじゃなくて,「道具,技術,経験則,習慣,規範,動機,価値観,信念など,成長過程で他社から学ぶなどして後天的に獲得される,あらゆるものが含まれる」。たぶんこれは『サピエンス全史』*1で〈虚構〉と称されるものに近いと思うんだけど,『サピエンス全史』がそのハッタリかましたタイトルでポピュラリティーを大いに獲得したわりには中身はスカスカに感じられた一方,本書の方は圧倒的でガチガチで本物である――なんせ参考文献と注釈に100ページ近くが割かれているのである。しかしまぁ〈本物〉だからといって売れるわけではないのだが。

本書がさらに強調するのは〈文化-遺伝子共進化〉というフレーズあるいは概念。これはたとえば,「加熱調理のための火や切断用具などを得て,消化器官がアウトソーシングされたことで,歯が小さく,消化管が短くなり,解毒能力が低くなった。あるいは水容器を得たことで持久狩猟が可能になり,その結果,長距離走に適応した身体が形成されていった」と同時に,そういった〈文化〉を活用できる者/遺伝子に選択圧がかかっていった,ということを指す(この視点って『サピエンス全史』にあった?)。

めっちゃ意訳すると,ヒト個体の能力って大したことなくて――グリーンランドで遭難したら生存に必要な道具をひとつも生み出すことなく死に至る,しかしヒトが地上の覇者になっているのは「ヒトという種が文化への依存度を高めながら進化してきた種だから」。

ヒトは他者から学ばないとほとんど何もできないけれど,他者から学ぶ能力は他の動物と比べて圧倒的に優れている。「人類の成功の秘密は,個々人の頭脳の力にあるのではなく,共同体のもつ集団脳(集団的地勢)にある」。この集団脳は,「進んで他者から学ぼうとする性質をもっており(文化性),しかも適切な規範によって社会的つながりが保たれた大規模な集団で生きることができる(社会性)からこそ,集団脳が生まれる」。

以下,特に面白かったとこ。

私たちが「人種」を区別する心理メカニズムはもともと,人種ではなく,民族を区分するために進化したものだ。〔中略〕その民族の一員であるかどうかは,言語や方言のような,文化として受け継がれてきた特徴によって決まる。一方,その人種に属するかどうかは,肌の色や髪の毛の形状のような,遺伝的に受け継がれてきた,目に見える形質的特徴によって決まる。/ヒトの民俗社会的能力は,民族や部族を見分けるために進化したものだ。ところが現代社会では,肌の色や毛髪の形状のような特徴が,エスニックマーカーとして受け取られてしまう。別の民族集団の成員がそのような肌の色だったり毛髪の形状だったりする場合があるからだが,このような人種的特徴がヒトをだまし,無意識かつ反射的に,別の民族だと思わせてしまう。この勘違いの産物が人種に対するレッテル貼りや人種差別を生み出すのである。

戦争の体験が社会性の発達に最も大きな影響を及ぼすのは,だいたい七歳から二〇歳くらいまでだということが明らかになった。この時期に戦争を体験すると,(内集団成員に対してのみだが)平等主義規範を守ろうとする意識が高まる。〔中略〕こうしたことから考えると,アメリカ合衆国では,この年齢のときに第二次世界大戦を体験した人々がその後もずっと愛国心や公共心をもち続け,いわゆる「偉大なる世代」が形成されたのかもしれない。/全体的にみて,災害の脅威や情勢不安にさらされると,人々は共同体の社会規範を忠実に守るようになる。儀式を重んじ,超自然的なものを信仰するようにもなる。このような社会規範があればこそ,遠い昔から今日に至るまで,人類の共同体は結束し,協力し合って生き延びてこれたのだから。

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文化がヒトを進化させた : 人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉 (白揚社): 2019|書誌詳細|国立国会図書館サーチ