はじめに アフリカを歩く
第1章 「虹の国」のワンチーム:南アフリカ
今から400年近く前の1652年に入植したオランダ人によって、アフリカ大陸のほぼ最南端にケープタウンが建設され、アジア諸国と交易していたオランダ人のための水や食糧を補給する港町となった。その後も、オランダ人たちはアフリカの地元の人々から土地を奪い、植民地を拡大させた。そうしたオランダ人の末裔たちは、オランダ語から派生したアフリカーンス語を話すアフリカーナーとなり、そこに暮らしていた黒人を支配した。/ しかし、豊かな資源に恵まれたこの地を、帝国主義の権化であるイギリスが欲しがらないはずはなかった。19世紀に入るとケープタウンを奪ったのに続き、ダイヤモンドと金が発見されるとさらに欲望をむき出しにし、アフリカーナーたちと戦争をして植民地を併合、1910年にイギリスの自治領として南アフリカ連邦を発足させた。
第2章 世界最悪の貧富の格差:南アフリカ
この地球上で南アフリカほど不平等な国はほかにないといわれている。南アフリカ政府が世界銀行とともに行った調査報告書では、2015年のジニ係数は0・63で、世界で最も高い。ジニ係数は、社会の不平等を測る尺度のひとつであり、完全に平等な社会では0 になり、完全に不平等な社会では1になる。世界銀行の統計で、日本は0・3あまり、アメリカでも0・4あまりだから、南アフリカの数値がいかに突出して高いかが分かる。しかも、報告書では、民主化を成し遂げた1994年以降、こうした格差は改善するどころか、むしろ悪化してしまっていると指摘している。
アパルトヘイトに対する解放闘争の歴史があるだけに、地元メディアは、こうした格差や犯罪の課題も積極的に取り上げて問題提起を続けている。中でも、ジャーナリストたちが力を入れて報道しているのが汚職問題で、その規模と影響の大きさから、国家を横領しているとまで表現され、英語で「ステート・キャプチャー(state capture)」と呼ばれる疑惑が相次いで明らかになっている。
2019年5月、民主化から25年となる節目の議会選挙が行われた。EFFは選挙キャンペーンでも土地問題を繰り返し争点に持ち出して、ANCを揺さぶった。これに対して与党ANCは、汚職まみれだったとして任期途中に交代させられたズマ前大統領の後任の、経済界出身で改革派とされるラマポーザ大統領を前面に立てて選挙戦を闘った。比例代表制で行われた選挙の開票結果は、EFFは得票率10・8%と、前回からほぼ倍増させた。これに対して、ANCは得票率57・5%で単独過半数は維持したものの、初めて60%を割り込み過去最低に沈んだ。
第3章 そこをコロナが襲った:南アフリカ
ラマポーザ大統領は、ロックダウンが始まってからの課題を指摘する中で、「配給所で食料を求める悲愴な人々や、食料の不足に対する抗議の様子を伝える映像を突きつけられている。お腹を空かして泣く子どもがいるのに、食べ物をあげられない親の苦しみより大きな苦しみはない」と記した。また、「ある者は多くのものに囲まれ、快適に暮らしているのに、ある者は、わずかのもので生存するためのぎりぎりの暮らしをしているような社会ほど不正義なものはない。これは、分断され、不平等だった過去の名残だ。しかし、アパルトヘイト後の社会の根本的な失敗の症状でもある」と率直に認めた。その上で、「ロックダウンは、貧困と不平等そして失業が、私たちの社会のつながりをいかに引き裂くかをはっきりと示し、社会の悲しい分断を露にした」と指摘した。
ここ数年、国によって差異はあっても、急増する若者人口を追い風に経済成長を続けてきたアフリカは、「地球最後の巨大市場」として注目されてきた。しかし、新型コロナウイルスは少なくとも短期的にアフリカの経済に大きなダメージをもたらすことになる。2020年6月、IMF(国際通貨基金)は、世界全体の経済がマイナス4・9%まで低下する中で、サハラ砂漠以南のアフリカはマイナス3・2%になると予測した。このうち、ナイジェリアはマイナス5・4%、南アフリカにいたってはマイナス8%になると予測した。世界銀行はアフリカでこれほど大幅な後退になるのは25年ぶりだと指摘した。
第4章 植民地支配の呪い:カメルーン
貧富の格差や社会基盤の脆弱性など、アフリカが抱える課題の背景には、この大陸が何世紀にもわたって外部のパワーによって支配され、蹂躙され、分断されてきた歴史がある。/ 非人道的な奴隷貿易の時代を経て、19世紀の後半になると、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど工業化を進めるヨーロッパ諸国は、アフリカを原料の供給地と工業製品の市場として利用するために進出を加速させ、1884年から開かれたベルリン会議では、アフリカ分割の原則を一方的に決めてしまった。そして、20世紀のはじめまでには、エチオピアなどいくつかの例外を除いて、アフリカ大陸のほとんどが列強によって植民地化され、収奪された。/ これに対して、アフリカ側は粘り強く抵抗を続け、時には徹しい独立戦争を戦った。1957年にイギリス領のガーナがサハラ砂漠以南のアフリカで初めて独立を勝ち取ったのに続き、「アフリカの年」と呼ばれる1960年には多数の国が独立を果たした。
今でもアフリカ各国や地域の公用語のほとんどがヨーロッパの言葉だ。南アフリカでは道路標識や国営放送では英語が使われていて、毎日の生活や仕事は英語が中心になる。しかし、セネガルに行くとこれがフランス語になる。コンゴ民主共和国でもフランス語ができないと、街で人々の声を聞くためにインタビューしようにもなかなかうまくいかない。ただ、コンゴではフランス語といっても、ベルギーの植民地だったから一部の数字の言い方はベルギー風になる。これがアンゴラになると、ポルトガル語が話せないとレストランでの注文にも困る。
カメルーンでは、旧宗主国の言葉はひとつではなく、ふたつの言葉が公用語として話されている。その理由は、ほぼ100年前に終結した第1次世界大戦にまでさかのぼる。もともと一帯はドイツの植民地だったが、ドイツが大戦で敗れると戦勝国のフランスとイギリスが分割して支配するようになり、そして、それぞれの支配地域でそれぞれの言葉や習慣を押しつけた。1960年にまずは東部のフランス領が独立し、翌年には西部のイギリス領だった地域の一部と一緒になって今のカメルーンが誕生した。人口はおよそ2600万人、面積は日本の1・3倍近くある。/ しかし、「統一の塔」のメッセージにもかかわらず、現実には双方の分断は解消されてこなかった。人口や国土のおよそ80%を占める多数派のフランス語圏が主導して国作りが進められ、残る20%の英語圏では、「少数派の自分たちは2級市民扱いされている」という不満がくすぶってきた。
英語圏の分離を求める武装グループは、英語圏に集中している豊かな資源の恩恵は英語圏が受けるべきだと主張しているのに対して、政府としては豊富な資源を失いかねない英語圏の分離独立の動きを絶対に認められないのが実状だ。地元のジャーナリストが、「偶然なのだが油田はすべて英語圏にしかない。このことが紛争を激化させてしまっている」と説明した。
第5章 中国化するアフリカ:ケニア/セネガル/アンゴラ/ザンビア
こうした状況について、専門家などの間からは、インフラ整備の重要性を認めながらも、警鐘を鳴らす声が高まっている。ケニアの経済の専門家アリカン・サチュさんは、「債務によってアフリカをコントロールしようとしているようなもので、「債務の罠』であり、『債務外交』だ」と指摘した上で、「中国は、借金でがんじがらめにして、アフリカへの影響力を強めている。これでは『新植民地主義』だ」と批判した。
第6章 気候変動最前線:ブルキナファソ/タンザニア
アフリカが希望の大陸になるのか、絶望の大陸になるのか。その未来を決定的に左右しかねない深刻な課題がある。気候変動だ。/ 世界は地球の温暖化を食い止めるため、平均気温の上昇を産業革命以前に比べて1・5度以内に抑えることを目指している。しかし、アフリカはすでにさまざまな実害を受けている。干ばつや熱波といった極端な気象現象に加えて、海面の上昇や海水温の上昇が、アフリカの脆弱な国々を襲っている。/ 中でも、世界の科学者で作るIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が、影響が深刻な「ホットスポット」としているのが、サハラ砂漠南側のサヘル地域だ。ここでは、気候変動によって、食糧不足が深刻化し、新たな人道危機を招いている。そして、人々の暮らしが困窮する中、児童婚といった人権や保健に関わる問題や、過激派テロ組織の台頭という安全保障上の問題まで深刻化している。しかも、IPCCは、今後も温暖化によっしん温が上がるたびに、極端な気象現象はより頻繁に起こることになると警告している。
ユニセフによると、ブルキナファソでは5歳未満の子ども50万人以上が深刻な栄養不良に陥っている。生後9か月の男の赤ちゃんは、体重が6・5キロほどで、腕の太さは直径3センチあまりしかなかった。国連の人道援助機関などは、途上国などで子どもの栄養状態を調べるための簡易な方法として上腕部の太さを測るメジャーを利用している。上腕部のまわりが12センチ前後だと「要注意」、11・5センチより細いと「重度の栄養不良」とされる。この赤ちゃんの腕の太さも、深刻な栄養不良の目安となる赤いラインを示していた。
第7章 海面上昇に翻弄される「優等生」:モーリシャス
ヨーロッパの列強の植民地支配に翻弄されてきたアフリカだが、この中でも、オランダ、フランス、イギリスと三つの国に代わる代わる植民地にされた国がある。植民地主義者たちは、その国を当時貴重品だった砂糖の生産拠点とするため、全土でサトウキビを栽培させ、モノカルチャー経済に落とし込んだ。/ アフリカ大陸の東、インド洋の島国モーリシャスのことだ。これだけを聞けば、この国は独立後もさぞかし政情が不安定で、経済も低迷しているのでは、と思うのではないだろうか。しかし、実際には、モーリシャスは、「アフリカの優等生」とされ、前進するアフリカを象徴する国のひとつと見なされている。
しかし、この「優等生」であっても逃れられない脅威がある。気候変動だ。/ 気候変動の影響は、サハラ砂漠南側のサヘル地域では飢餓や貧困を広げ、タンザニアのザンジバル島では女性たちから海薬とりの仕事を奪うなどアフリカに実害を与えているが、モーリシャスでは気候変動が原因と見られる海面の上昇によって、経済成長の柱のひとつである観光産業が打撃を受けている。
第8章 幼すぎる結婚:ニジェール
こうした中で、貧困層を中心に経済的な理由から娘を結婚させることが増えている。いわば、「口減らし」のための児童婚だ。UNFPA(国連人口基金)によると、ニジェールでは、20歳から24歳の女性のうち、18歳前に結婚した女性は76%になる。これは世界で最も高い割合だ。/ 世界で最も出生率が高い国は、同時に、世界で最も児童婚が深刻な国でもあるのだ。
幼すぎる結婚や出産は女性から教育の機会を奪うだけではなく、少女たちの体にも深刻な負担を強いることがある。「フィスチュラ(産科瘻孔)」という病気だ。/ これは、数日にもわたる難産で胎児が産道を圧迫することで産道の一部が壊死して穴が開き、隣にある膀胱や直腸とつながってしまう病気だ。穴があるために、膣から尿や便が痛れるようになってしまう。少女たちは成長の途中で、まだ体が小さく難産になりがちなため、この病気になるリスクが高まるという。
UNFPAでは、児童婚を撲滅するには、少女たちを1年でも長く学校に通わせることが重要だ、と強調する。実際、76%と世界でも最も児童婚の割合の高いニジェールだが、中学校以上の教育を受けた女性に限れば、その割合は17%にまで低下するという統計もある。UNFPAニジェール事務所のザレハ・アスマナさんは、「ニジェールにおける児童婚の問題とは、つまるところお金、つまり、貧困の問題だ。女性たちに機会を与えることがきわめて重要だ」と話した。
第9章 黄金とテロ:ブルキナファソ/トーゴ/ベナン
ブルキナファンは時ならぬゴールドラッシュに沸いている。数年前から新たな金の鉱脈が次々に見つかり、手掘りの採掘場が各地にできていて、政府によると、あわせて800か所になるという。穴が崩落するなど事故も多い劣悪な労働環境で、児童労働も横行している。それでも、気候変動の影響もあって農業が立ちゆかなくなる人が相次ぐ中、貴重な現金収入のチャンスだとして各地の採掘場には人々が押し寄せている。手掘りの採掘場で働く人は全土で100万人とも150万人ともいわれている。
アフリカの現状が顧みられることがないまま先進国で資源が消費されていく実態は、かつての「血塗られたダイヤモンド」と同じような構図に見える。しかし、「血塗られたダイヤモンド」をめぐっては、産出国、消費国、業者が「原産地証明」の仕組みを作り、国際市場に流通させないための対策を取ってきた。それだけに、「血塗られたゴールド」についても各国が協調して、流通させないための仕組みを作っていくことが急がれている。 これは、アフリカだけではなく、国際社会への脅威であり、共通の課題だ。
第10章 世界で最も若い国の若者たち:南スーダン
第11章 平和のために闘う医師:コンゴ民主共和国/ウガンダ
第12章 カエル跳びで前進せよ:ルワンダ/エチオピア
世界銀行によれば、ルワンダの2019年の経済成長率は9%を超えている。高層ビルが建ち並ぶ新市街を歩くと、そこだけシンガポールかドバイにいるような錯覚を覚える。民族虐殺の歴史の教訓や犠牲になった人々のことは決して忘れてはならない。その一方で、ルワンダと言えば虐殺というステレオタイプな見解だけでは現実とずれているようだ。
電話網の構築のためには、これまでだったら電話線を張り巡らす必要があったが、そうした有線電話の時代を飛び越えて、多くの国で一気に携帯電話が普及している。また、支払いの手段としての貨幣にこだわらずに、デビットカードやクレジットカードが主流になり、さらには携帯電話で電子マネーをやりとりする国もある。このように先進国がこれまでに経験したプロセスを飛び越えて、一気に最新の技術を普及させる動きは「リープフロッグ」、つまり「カエル跳び」と呼ばれている。
女性の社会進出の度合いを測る尺度のひとつとして各国の女性議員の比率がある。世界各国の議会で作るIPU(列国議会同盟)の2019年の調査によると、対象となったおよそ190か国のうち、日本の衆議院での女性議員の比率は10・2%で164位と低迷している。その反対に1位の国はどこかというとルワンダだ。下院の女性議員比率が61・3%と圧倒的な高さを誇っている。このほか、ナミビアや南アフリカも40%を超えて10位以内に入っている。/ ルワンダの圧倒的に高い女性議員の比率の背景には、1994年の民族虐殺がある。その悲劇から復興しようとする中で、虐殺を防げなかったのは、社会の多様性を認める意識が決定的に欠けていたからだという深い反省が国民に共有された。その結果、憲法の条文では、「あらゆる意思決定機関では、女性は少なくとも30%を占めなければならない」として、議会をはじめ、政府や経済などあらゆる組織で、一定の割合で女性を登用するクオータ制が義務づけられるようになった。
アフリカには、女性が積極的に政治進出をしている国はほかにもある。東部のエチオピアだ。人口はアフリカで2番目に多い1億人あまりで、ルワンダと同じく驚異的な経済成長をしていて、世界銀行のデータでは2019年は8・3%とアフリカではルワンダについで高い。ここも若者の活躍が目立つ。その最たるものが、2018年4月、当時4歳の若さの首相が誕生したことだ。アビー・アハメド首相は、就任直後から矢継ぎ早に改革に乗り出し、国内では長年続いていた非常事態宣言を解除、投獄されていた数千人の政治犯を釈放した。また、長年対立してきた隣国エリトリアとの和平を実現した。アビー首相は、この和平努力が評価されて、2019年のノーベル平和賞を受賞している。
第13章 監獄からの手紙:南アフリカ
おわりに 太陽を追って
あとがき
アフリカ人類の未来を握る大陸 (集英社新書 ; 1054) | NDLサーチ | 国立国会図書館
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