「ドゥルーズが〈位相〉とか〈微分〉とか〈多様体〉とかいう数学用語を使うのが気持ち悪いんだけど」ってChatGPTに言ったら,「その感覚はかなり健全」で,「ドゥルーズは数学を〈借用〉では〈略奪〉して」て,ドゥルーズを読むとしたら「数学だと思わない(これが一番重要)」「用語を全部言い換える」べきで,だけど「どうしても無理なら無理でいい」って言ってくれた。
- はじめに――視点と俯瞰
- 第一章 ドゥルーズの「哲学」とは何か
- 第二章 ドゥルーズと哲学史
- 第三章 『差異と反復』――ドゥルーズ・システム論
- 第四章 『意味の論理学』――言葉と身体
- 第五章 ドゥルーズ=ガタリの方へ――文学機械論
- あとがき
- ビブリオグラフィー
- ドゥルーズ年表
はじめに――視点と俯瞰
『ドゥルーズ入門』と題されたこの書物で扱うのは、二冊の主著を中心とした前半期のドゥルーズの読解であるが、それはドゥルーズ=ガタリの思考も、そしてドゥルーズを引き受けてさまざまに展開される現代的な思考の諸様相を解読するためにも、ともあれ不可分であるだろう。それ以上に、それは現代哲学にとって、この思想家がもっている意義を際だたせるために、何よりもなされるべきことでもある。
第一章 ドゥルーズの「哲学」とは何か
内包性と潜在性
「はじめに」で述べたような「俯瞰」という術語が、ドゥルーズによってはっきりととりあげられるのは、『意味の論理学』以降のことである。しかし、「俯瞰」にまつわるモチーフは、ドゥルーズの思考総体を捉えようとするときに、ずっと一貫したテーマであるようにおもえる。それは、「内包性」と「潜在性」というドゥルーズ哲学そのものの主題に関わるし、同時に、ドゥルーズが描きだしている思考のイマージュとも結びついている。
ドゥルーズは、こうした連続性の「俯瞰」の、それ自身の奇妙さを融通無得に展開していく。それは、ベルクソンの記述そのものを、それ自身が有機的な全体性の発想に捕らわれているものとして厳しく批判し、さらに乗り越えようとするものでもある。それは、無限を徹底して形式的に見ることや、そこでの生の新たなイマージュ化に繋がっていく。これらの試みは、第一の主著である『差異と反復』での「第三の時間」、第二の主著である『意味の論理学』でのアイオーン(永遠性)としての時間、後期の概念における「リゾーム」や「平滑空間」、『シネマ』における地層性や結晶イマージュ、これらの描写において、つぎつぎと繰り広げられていく。
十九世紀という文脈
すでに述べたようにドゥルーズは、ベルクソンという二十世紀初頭のフランスの哲学者や、ニーチェという十九世紀のドイツ語圏の哲学者に多大な影響を受けている。またドゥルーズは、「器官なき身体」という言葉を芸術家・作家のアルトーから引き継いでいるし、またプルーストなどの文学的テクストからもきわめて強い示唆を受け、その哲学を発展させている。ドゥルーズ初期の思考は、まさに哲学史のコラージュとでもいえるような、ある種のパッチワークにも似たテクストの積み上げから成り立っている。しかしながら同時にそれは、いささか意外なまでに、哲学史的な素材に忠実なものでもある。/ これらは教科書的に、つぎのようにまとめることもできるだろう。ドゥルーズの思想の形成は、「生の哲学」と一括できる、ニーチェやベルクソンに代表されるような思潮、つまり理性的な知に対し、生命的な衝動性あるいは欲動性の位相を重視する思考(それは、生成や力の形而上学を扱う場面に重なる)、さらに「経験論」という、これもまた合理的に決定された世界を捉えるというよりも、経験のなかで世界の獲得が重視される発想(初期のヒューム論などがその代表であり、さらにドゥルーズは、自らの議論を「超越論的経験論」と捉えていた)、そして、近代的思考の形成期である十七世紀的哲学史の諸議論(とりわけスピノザとライプニッツ)、これらを下敷きとすることから成り立っている。とくに、ベルクソン・ニーチェ・スピノザの名は、ドゥルーズの思考を語るときに、看過することのできないものである。/ しかし、こうした公式的で教条的な説明とは別に、もうひとつの、ある意味では、上記の描き方よりもはるかに広域的かもしれない位置づけを、ドゥルーズに対してなすことが可能である。それは、十九世紀的思考の継承者として、ドゥルーズの思考を捉えることである。/ ではそこで、十九世紀的な思考とは何を指しているのか。それはまさに、ポスト・カント的な布置のなかで、「内包量」という発想が前面に現れ、一種のライプニッツ主義が際だってくるような思考の場面である。
カントの批判哲学を決定づける書物、『純粋理性批判』の悟性の議論では、量・質・関係・様相を巡る四つのカテゴリーから、カントは知覚の予料の議論として、質としての内包性を論じている。もちろんカントにおいては、主体的な経験の様式の分類が重要であった。カント以降のさまざまな論者は、カントがいわば静態的に提示した諸区分──感性・悟性・理性、それらを繋ぐ構想力や判断力、またそのなかの諸カテゴリ──がどのように連関し相互生成していったのかを動的に扱うことになる。フィヒテ・シェリング・ヘーゲルらは間違いなく、こうした発想のもとにカントを批判し、あるいは深化させていった。そこでは、内包性を巡る、微分的な契機をとくに引き立てるととが、ひとつの仕方として可能である。ドゥルーズが、『差異と反復』で参照しているマイモンは、この点において貴重な貢献をなしている。さらにとりわけ論及したいのは、いまではほとんど誰も参照しなくなった、新カント派といわれる面々である。
こうした事象すべての裏側に、まさしく集合論的な、実在の連続体に関わる数理的思考が重なっていることは、改めて述べるまでもない。カントールやデデキントを中心に展開された集合論的な「無限」は、まさにライプニッツ主義を引き受けながら、純粋数学的な側面から、「無限」にまつわる十九世紀の知と繋がっている。そして、そうした数理哲学的な成果は、これもまた、『差異と反復』での時間論での、「序数的」と特徴づけられる「第三の時間」の規定そのものに結びつくのである。
タルド的な社会学、パース的な記号論、西田的な純粋哲学、十九世紀後半以降の集合論という諸議論は、それぞれがモナド的な無限小と差異化を原理とした連続体の思考を、大きなバックボーンとして備えているといえるのではないか。そして、ドゥルーズ自身において明確な、内包主義とその分化=現実化に関する議論は、それ自身、十九世紀的な思考と、そのヴァリアントとして読むこともできるのではないか。ようするに、ドゥルーズ自身が、ライプニッツ的なモナドロジーをひとつの範型とし、さまざまな領域で展開されてきた議論の、その文脈を強く引き受けたものとして、位置づけられうるのではないか。ベルクソン‐ドゥルーズと繋がっていく思考の流れを、このように定位することは、説得的であると同時に、まさにその思想が浅薄なポストモダンとして処理されがちな現状を考えれば、強調されなければならないことでもある。ドゥルーズの哲学は、その構成の多くをモダンな思想に負っている。表面だけを見てはならない。
バロック主義――非主観性の思考
十九世紀の一部の論脈で顕著に見いだされる、こうした内包性・微分性・潜在性・無限小性・バロック性を巡る思考群は、しかしさらにいっそう広域の思想史的文脈において捉えることも可能である。それは思想史における、(後期のドゥルーズが利用する字義通りの意味において)「マイナー性」の系譜を形成するといってもよい。/ ではそこで、マイナーなものに対するメジャーなものとは何なのか。それは、主観性と言語の哲学にほかならない。逆にいえば、マイナーなものとは、主観性という中心軸をもたないで、あるいはシニフィアン的な超越の力能に依拠しないで、この世界を捉えていく思考に与えられた名のことである。
ここで再び、最初に論じた視点の話題に戻ろう。主観性という中心、私が世界を生きるときの中心とは、いってみれば視点のこと、視点の備えている定点性のことであった。連性の思考、つまり決定された定点はこの世界に存在せず、すべては流れのなかに解消されるという発想において、拒絶されるのは、こうした主観性をなす視点のことである。バロック的思考は、主観性という特定の領域を捉えても、いつもそこに横断的に入り込んでいく非人称的なものの重層性を際だたせてしまう。
メジャーな哲学は、意識の中心性から議論を開始する。主体の方からそうした主体が世界にどのように関わるのかを考察する。意識に自明なものとしての「真理」の方から、主体に光を与えるものを考察する。/ それは近世哲学的な位相においては、デカルトやカント、それを引き継ぐ現象学において基本をなしている発想である。時代の転変のなかで、こうした中心性や主体性が、それ自身として維持できないことが明らかになると、こうした空虚な中心は、言語的な力、シニフィアンの作用として、存在しえないものの存在として、錯視的に描き直されていく。/ 二十世紀のメジャーな思考は、ソシュールが論じたシニフィアン的な記号の議論であり、ラカン的な精神分析であり、それに折り重なるもろもろの思考(たとえばデリダの脱構築やジュディス・バトラーの構築主義など)である。それらは主体を、言語的に構成されたものとして提示しようとするが、そこでは言語の空虚さにすべてを押し込めてしまうために、ライプニッツ的な実在の微細な働きや、それが表現する身体的自然は、認識不可能な外部として排除されるだけである。/ マイナー哲学とは、非言語の、非主観性の、自然の、質料性の、薄暗い、生産的・生殖的な力の領域の、それそのものの実在を肯定する哲学である。言語的なシニフィアンが、上からの超越的な力によって、連続的で微細な流れを切断するのに対し、自然的な質料性が、それ自身として保持している差異化の産出的運動を引きだし、それを見極める思考である。そうした差異が、そこここに実在し、かたちをとって現れてくること、そこで何かを生みだすことを、そのまま見いだそうとするのである。
一義性とシステム論――ヒエラルキーなき砂漠
こうしたマイナーなものの知について、ドウルーズはひとつのはっきりした名を与えている。それは「一義性」(univocité)である。一義性についての存在論であることが、ドウルーズの自然哲学的傾向を特徴づける。一義性は、中世のスコラ哲学者、ドゥンス・スコトウスの名とともに語られる。しかしドゥルーズの文脈において、一義性とは、スコトウス・スピノザ・ニーチェを繋ぐ、マイナーなラインにおける思想史を描くための標語となるものである。
中心点を見いだす発想とは、主観性に依拠するにせよ、シニフィアンの効果に依存するにせよ、中心を軸として描かれる階層秩序をつねに想定してしまう。それはまさに、ヒエラルキーをなすのである。こうしたヒエラルキーの思考を支えるものは、アナロジー的な作用である。何かが中心に設定され、それとの類比によって、他の存在者のあり方も、そしてその価値も定められ配分されてしまう。それは存在論的には、類と種の関係において把握され、その一般性(généralité)を基軸とした下位的な区分において個体を捉えるものである。しかし一義性の発想とは、それを逆立させ、個体的なものがその上位概念を含み引き受ける、反乱する力を含んだ特異性(singularité)を際だたせる。
こうした「一義的」な存在とは、スピリザが論じているように、「超越」というあり方を一切いた、「内在」の位相として提示される(後に見るように、スピノザとそが、まさに哲学者そのものであるとドゥルーズは強調する。『哲学とは何か』を参照のこと)。しかし、そのイマージュは、ドゥルーズの同時代人であるフーコーの好んだ言い回しを転用するならば、あるいはそこに、国家的な土地のコード化に逆らいながら横断的な逃走線を引き、まさにマイナーな知そのものの蜂起をおこなう遊牧民のイマージュを織り込みつつ描くならば、砂漠という表現に近接したものがある。それは他方では、大洋が、海そのものが保持しているイマージュである。しかし砂漠は、それ自身として海でもある。また、条里化に逆らう平滑空間の典型例にほかならない海も、一種の砂漠である。砂漠としての海、海としての砂漠。
第二章 ドゥルーズと哲学史
ドゥルーズのコンテクスト
ジル・ドゥルーズの生を見渡すと、ポストモダンであるとか、六八年以降の思想であるとかといった言葉の響きから想像されるけばけばしさとは、ほぼ無縁で対照的な彼の生がほの見えてくる。ドゥルーズの死後十年以上がたち、伝記的記述や、さらにはその家族写真集などといった、オイディプス概念に逆らうこの哲学者にはとても相応しくない出版物が量産されている現状において、さまざまに明らかになってくるのは、彼の生の静けさのようなものである。/ もちろん、ドゥルーズの主要な活躍舞台が、ヴァンセンヌの実験校的な大学であったことは考える必要がある。そしてドゥルーズ当人が、かなり初期の段階から(日本のアカデミシャンとは比較できないほどに)文学や芸術の素養があり、常識的にイメージされるようなポストモダン的・脱領域的な色あいをもっていなかったとはいえない。しかし、ソルボンヌの助手、リヨン大学文学部の講師、パリ大学の教授と辿っていくその生涯は、非常にアカデミックである。フーコーのように、スウェーデンやチュニジアを彷徨い、自己形成をしたというドラマ性はない。一世代上のサルトルのように、アカデミズムの職を嫌悪し、在野のジャーナリズム・小説家という立場にこだわった形跡も見受けられない。もちろんそれは、ドゥルーズ自身が抱えていたある種の体質の「虚弱さ」とも関わるだろう。彼には国際的な活動というものもほとんどない。晩年に政治的な発言をするとしても、それもまた、ガタリやネグリの示唆を受けてのことである部分が多い。もちろん、ガタリとなした、倫理的政治的なものに関わる議論(とりわけ精神分析やマルクス主義との格闘)は、ドゥルーズその人が選択したものだろう。しかしドゥルーズは、基本的には、時代に対してまさに反‐時代的とでもいえるスタンスをとりつづけた。あるいは、関わったとしても、同時にどこかで醒めた視線を失ってはいなかったとおもう。/ それは、ドゥルーズの思考にとって、一面では本質的な部分をなしている。彼自身は、いかなる存在であるよりも前に、まずは哲学史家であった。ドゥルーズの師と呼べるひとが、グイエやゲルーといった、きわめて哲学史家的な存在であったことを考えるべきである。卓越したテクスト読みとしてのドゥルーズが、まずは描かれなければならない。/ もちろんこのことは、六八年という記念すべき年の周辺で、『差異と反復』と『意味の論理学』という二冊の主著を刊行する以前のドウルーズが、ベルクソン・ヒューム・ニーチェ、そしてスピノザという、哲学のテクストの読解にきわめて忠実な仕事を展開していたことからも、はっきりと窺える。しかしこのスタンスは、六十年代以降の現代哲学とは何かを考えるときにも、深い意味をもっている。
テクストの存在論化的読解
意外な感に捕らわれるかもしれないが、この時代のフランス哲学は、基本的にテクストの実直な「読み」を重視している。しかも、かなり極端にテクストに密着した「読み」である。たとえばベルクソンのテクストは、サルトルやメルロリポンティによって正当に読まれていたようにはおもえない。彼らは、自らの上の世代を退場させるのに急で、テクストそのものとじっくりつきあっている様子はなく、テクストを素早く一種の解読格子に落とし込んで批判する。ところが、ドゥルーズの初期の業績で紛れもなく一級品なのは、ベルクソンのテクストの「読解」である。
先端諸科学が描きだす、統一的でない諸学のメタ構造を考える。何かの経験や位相や時代に統合されえない、メタ的な場面を描きだす。これが、ドゥルーズやその世代の思想家に課されたテーマであったともいえる。そのために、テクスト自身の、その読みの精度を高めていく。それはまさに、「超越論的経験論」を考えるという、そもそも異種結合のようなアイデアをもって繰り広げられるドゥルーズの記述の根本にあるものである。
ベルクソンとドゥルーズ
ドゥルーズと哲学史との繋がりを考えるときに、第一に検討すべきなのは、もちろんべルクソンとの関係である。これはどんなに強調しても強調しすぎることはない。/ ドゥルーズが初期に著した哲学史的なテクストのなかで、哲学史への寄与においても、ドゥルーズの思考の形成にとっても中心的なのは、『エチュード・ベルクソニエンヌ』というベルクソン研究の雑誌に掲載された密度の高い論文「ベルクソンにおける差異の概念」(現在では『無人島』に所収されている)であり、『ベルクソンの哲学』として刊行された小さなテクストである。その後のドゥルーズの展開を考えれば、ドゥルーズは終始、心理主義的に読まれがちなこの生命の哲学者から、唯物的な内実を引きだそうとしている。だがどう逆らったところで、ドゥルーズの議論のほとんどは、ベルクソンが創作したに近い諸概念の読み直し以外の何ものでもない。そして、ベルクソンからあえて離反することによって、自らの哲学を形成してきたドゥルーズも、晩年には(ガタリとの共同作業以降)再びあからさまにベルクソン的な主題に回帰する。『シネマ』は、その構成を考えるときには、やはりベルクソン批判としての色彩が濃い書物であるが、それが扱うテーマは「イマージュ」なのであり、しかも「運動」と「時間」のイマージュなのである。これほどまでにベルクソン主義者的な振る舞いがあるだろうか。
生という主題
潜在的なもののモデルとは何なのか。あるいは「現在」や「現実化」を逃れ、それ自身流れとして捉えられるものとは何なのか。それはいうまでもなく「生命」である。潜在性という概念において、ベルクソンが捉えたかったものとは、何よりも生命とその力であった。/ このことは、潜在性から現実性へというプロセスが、生命進化を例とした創造的なものと語られていることからも理解できる。生命的な進化とは、潜在的な実在を論じる上での重要なモデルである。
こうした発想は、オートポイエーシス(自己組織化)や内部観測という、現在的な水準での生命科学を捉える思考に、ドゥルーズの議論を結びつける手だてとしての役割を担ってもいる。ドゥルーズは、存在を思考する際に、さまざまな展開の方向性を備えた卵細胞や、あるいは脳のシナプス連関を、その原型として捉えている。それらは、エラン・ヴィタルの議論が含んでいる神秘性や精神性は排除されながらも、きわめて唯物的な水準で、進化し変容していく生命のあり方を見いださせてくれるものである。いわば、二十世紀以降に生命科学や生命の技術が進展し、その最中でいっそう明確なものになった、生命の唯物的なポテンシャリティーに直結している主題である。
スピノザとニーチェ
スピノザやニーチェとドゥルーズとの関係については、ベルクソンよりもいささか複雑な事情が入り込む。/ この二者について、ドゥルーズは、学術論文としての体裁をとった論考を執筆している。とくに『スピノザと表現の問題』は、博士論文の副論文として提出された、まさしく哲学史的な業績であり、哲学史家としてのドゥルーズにとって意義の深いものである。ニーチェについても、『ニーチェと哲学』という比較的大きな著作を残している。それに加え、この両者について、初心者向けの概説と考えられる本を執筆してもいる(『ニーチェ』『スピノザ──実践の哲学』)。
ドゥルーズは、ベルクソンの思想を徹頭徹尾自己の概念の枠組みのなかにとり入れておきながら、(むしろそれゆえに)あらゆる場面でベルクソンを批判し、ベルクソンとの距離を置きたがる。ベルクソンは「乗り越え」の対象にほかならないのである。/ それに対して、スピノザとニーチェへの評価は、いわば手放しの肯定なのである。
ともあれ、彼らがドゥルーズの哲学のパッションとでもいえるものを触発したことは、紛れもない事実である。そうであるならば、その核心はどこにあったのだろうか。
哲学のパッション
それは端的にいえば、「超越」の排除であると考えられる。そして、「一義性」の思考の系譜は、「超越」的なものの影を一切もたない存在を描くということに、その試みの軸足を置いているとおもわれる。
ニーチェを論じる文脈で、何よりも目を引くのは、ルサンチマンという悪しき精神・反動的な働きに対しての、嫌悪ともいえる情動=パッションである。それはドゥルーズの思考そのものを決している。それは「内在」の哲学が、何かの「超越」への「内在」を仮想してしまうことを防ぐための、道徳的情動性の喚起であるともいえる。「内在」とは、逆説的であるのだが、一切の「超越」を除外した上で見いだされる「超越論的」な領野である。
ニーチェとスピノザが、アンチクリストとして、そして哲学者の王として引き立てられるのは、彼らの提示するアイデアが、そうした超越に依拠して描かれるさまざまな知と倫理の体系に、真っ向から異議を申し立てるからである。超越を引き受ける体制は、それ自身が、同一性の基準を設定してしまう。カント的な構図で語るならば、自我・世界・神という三つの事象は、三位一体的なシステムを形成しながら、同一的なるものを発動させるのである。そこで同一性に到達しえない場面では、失われた同一性の回復や、見いだされない自分を探す行為が延々と繰り返される。それはキリストを捜す作業であるのだが、そんなものはこの世のどこにも存在しない(「顔」はどこにでもあり、どこにもないものである)。しかしそれは、同一性から排除された者の「恨み」を、特殊な駆動力として発揮させてしまう。「恨み辛み」によって生きること、それがルサンチマンであるのだが、こうしたルサンチマンは、「超越」にその身分を仮託するような、同一性を固持する思考に固有なものである。
ドゥルーズが、ニーチェとスピノザから獲得したものは、ヒエラルキーのない、そしてそこで働く否定性の影もない、自己肯定的な空間の開示である。それは、頑迷に自己中心性を確保した上で、それを開き直って肯定するものではない。自己が自己であることそのものを、自己中心性なく肯定することである。どうしてそんなことが可能なのか。それは、こうした自己は、自己であることの内側に、他なるものとの繋がりを、それ自身の連続性として秘めているからである(まさにバロック的な発想である)。自己は孤立した空間の内部に、自己だけが住まう領域として存在するのではない。だからそこでは、自己がありながら自己中心性がない。あるいは自己を何かの基準とともに、そこに到達しえないルサンチマンによって追求する必要がない。/ こうした自己肯定的な空間が「一義性」と名指されるものそのものである。「一義性」とは、後期のドゥルーズでは、「平滑空間」として、あるいは「リゾーム」として描かれるものであるのだが、それは『差異と反復』の概念装置において、何よりもヒエラルキーなき空間として押さえられている。一義性とは、階層性のない、バロック的多孔空間のことである。一義性とは、中心がないことによって、あらゆる場面が均しく分散した中心をなしている空間性のあり方である。そうしたヒエラルキーのなさが肯定され、自己がそこに位置づけられることが重要である。そこでは、すべてがその特異性において肯定されるという倫理が際だってくる。
第三章 『差異と反復』――ドゥルーズ・システム論
二つの主著
多産な六十年代後半に入る。そこでドゥルーズは、それまでの哲学史的な検討の成果を伸び広げるように、自らの前期の主著を発表している。『差異と反復』「意味の論理学』の二冊である。/ この二冊の構成は対照的である。『差異と反復』は、そもそも博士論文として執筆された論考であり、五章からなるその構成は、ドゥルーズ自身の哲学の方法や時間論を踏まえながら、差異-分化システムそのものの記述に到り、個体を巡る諸問題に集約されていく「差異」によって形成される潜在性の存在論が、十全に、その構成上のあり方に即して描かれるのである。実際には、第二章の時間論の記述上の(精神分析概念を入れ込んだ)反復や、第三章の描き方(そこには『意味の論理学』に重なる内容がかなり折り込まれている)には、相当の逸脱が含まれているが、その意義はここでは措く。/ しかし、著された時期はほぼ重なっている『意味の論理学』では、そのスタイルも、論述の内容もかなり異なっている。セリーの連鎖によってなされるその記述は、哲学的な著作としてはいささか異様なものであり、むしろさまざまな現代文学や芸術的な試みとの類縁性を感じさせる。主題的にも、身体からの言語の成立を軸にしながら、扱っているテーマは、ひとつにはルイス・キャロルとそこでの言語のパラドックスであり、もうひとつはアルトー的な身体と分裂症としての生である。また『意味の論理学』には、その補遺として、プラトニズムやルクレティウスに関する哲学小論考と、文学を主題にした三つの文章(クロソウスキー・トゥルニエ・ゾラについての各論)が付加されている。それらは、この書物の特徴をなしている。
反表象主義の哲学
まず考えるべきことは、『差異と反復』が、何を「哲学」として捉えていたのかということである。それはひとことでいえば、差異をポジティヴなものとしてとりだすことである。差異こそが、この世界を作りあげている要素であると述べることである。しかし、そのためには、何をすればいいのか。/ この点において、この書物でのドゥルーズの戦略は明快である。差異は「表象=再現前化」(représentation)というシステムに従属しないものとしてとりだされるのである。「表象=再現前化」というシステムが、差異を二次的なものとなし、否定的なものに押し込めてしまう。差異は、それとは異なるものとして見いだされなければならない。/ では「表象」とは何か。それには、つぎのようなはっきりとした規定がある。「表象」は、「同一性」「アナロジー」「対立」「類似」という論理にしたがって作動するものである。それゆえ、差異である存在は、こうした四つのあり方に捕らわれない仕方で見いだされるべきになる。
表象を酔わせる無限
上述の四つのあり方によって支えられていた有機的な「表象」のシステムが、二つの無限によって崩壊させられていく。アリストテレス的な種差の論理学は、「表象」システムの同一性を基本とするために、こうした無限が秩序を酔わせる契機を勘定に入れていない。しかし十七世紀的な表象の空間を打ち破るのは、そうした「表象」がそもそも前提としている「有限」と「無限」の調和性のなかに、「無限」そのものが介在してくる不気味さである。「無限大」と「無限小」とが「表象」のなかに入り込んでくるならば、そこで種的な差異としてのヒエラルキー空間が、そこでの同一性のあり方が、オルジックに歪むことになる。この歪みをどう引き受けるのかが、アリストテレス的な分類の学、差異を否定的に見いだしてしまう種差の論理に対抗する、決定的なポイントをなしているのである。
ヘーゲルとライプニッツ
さて、「有限者」のなかにある「無限」を論理化する装置を見いだしたのは、紛れもなくヘーゲルとライプニッツである。この両者は、「無限大」と「無限小」が、「有限」の内側に入り込み、それを揺るがしてしまう事情を的確に見つめていた。そしてそれぞれの方法論で、内側に入り込む無限を処理しようとしたのである。
差異と反復の時間
「表象」という「同一性」に支配されたヒエラルキー空間を脱すること、そこで、そうした同一性そのものを脅かす「無限」の存在(言い換えれば、「自然」の存在)を、あくまでも「同一性」の側に回収されない、そのままの仕方でとりだすこと、これがドゥルーズの課題になる。/ こうした事態を描く軸になるのは、「時間」についての思考である。時間の受動的総合として記述されていく『差異と反復』の第二章が、この書物全体を支えるような役割を担っている。
時間論において目指されるのは、「第三の時間」において示される「永劫回帰」の時間にほかならない。こうしたアイデアは、紛れもなくニーチェからとられているのだが、そこでの永遠性の解釈は、常識的にこの言葉に付されている同一者の繰り返しというものではない。それは、同一性を解体する無限な直線、空虚な形式性でしかない時間の直線を問題とするものである。それはいわば、先にとりあげたヘーゲルの無限大の議論を、「表象」に回収されない仕方で描きだす究極的な試みであるともいえるだろう。
空虚な形式としての時間
ところが「第三の時間」は、以上のような同一性の領域には収まらない時間として提示されるのである。それは「表象」にとっての「脱根拠化」(effondement)の時間である。/ ドゥルーズは、この時間に対して、哲学史的にはカント的な「超越論的」時間論の構図に、ヘルダーリンやクロソウスキー経由のニーチェの議論を差し挟んで、さまざまな説明を与えている。さらにそこに、フロイト的な「死の本能」を重ねあわせもする。しかし重要なことは、この時間が「空虚な形式」として、「表象」に対して徹底的に切断された「超越論性」を確保する時間であることである。
構造と発生
「第三の時間」で描かれた、「表象」に依拠しない存在のあり方をとりだすことが、ドゥルーズにおける一般存在論の試みの根幹をなしている。それが、『差異と反復』後半の、相当な部分を形成している。/ そこでは「理念」としての多様体が、重要なものとして見いだされる。「理念」としての多様体をどう描くのかが、大きな意味をもっているのである。ドゥルーズにおける、「微分」としての存在の現象化や、そこでのポジティヴなものとしての生成についての見解は、さしあたりはすべて、こうした「多様体」としての「理念」という位相から具体的に捉えられる。
問題と問い――賭けの位相
少し軽理をしておきたい。先に、『意味の論理学』と対比される『差異と反復』の特徴を示すために、この書物はもっぱら「静的発生」を論じるものであると述べておいた。そして、後期のドゥルーズでは、「発生」という語り方そのものが消滅することも指摘した。では『差異と反復』に固有の発生とは、何によって動機づけられるのだろうか。/ 『意味の論理学』では、分裂症的な深層としての無底が記述の前面に現れ、「動的発生」の起点は明確である。ところが、『差異と反復』の叙述は、「同一性」を拒絶しながらも、同一性に向かわざるをえない現象化を扱っている。差異化‐分化の論理(「静的発生)であるこうした発生は、それ自身根本的にパラドックス的なものであるが、そうしたパラドックスの根底には、しかしある種の「無底」の力学が、何かの仕方で必要なはずである。/ では、「理念」の位相と、こうした「無底」との関係は、この書物ではどうなっているのか。その点について、『差異と反復』は、「問題」(problème)と「問い」(question)という主題を提示することで、解明をなしているように読める。
個体化のパラドックス
「理念」の位相から、その「差異」を「展開」(explication)して、「分化」した位相に到るプロセスを説明するときに、ドゥルーズはまさにデカルトーライプニッツ的な十七世紀的思考の枠組みに依拠している。このことは、「理念」とは、「判明」(distinct)で「曖味」(ambiguë)なものであるという記述に集約される。こうした語り方は、ドゥルーズが、差異のパラドックス的発動を語るときの基本的な仕方でありつづける(この語り方は、『シネマ』においても変わらない)。
個体化について
差異とは齟齬せるものである(それは経験の所与ではない)。「理念」とは、まさにそうした齟齬の空間として、力動的なものであった。しかし「現実化」は、こうした差異の「取り消し」(annulation)をその内に含んでいる(そこで所与になる)。「現実化」とは、「差異」の「分化」のその先にあり、それ自身が「差異」の本性を失わせるものである。
実際にドゥルーズが初期の「哲学」で試みていたことは、一面では十九世紀以降の哲学のバロック性や潜在性の発想を引き受けながら、それを二十世紀的な構造の哲学にダイレクトに結びつけ、そこでの「構造と発生」という問題を捉え返したことなのである。それは、二十世紀的な科学的知や社会的知、あるいは言語学や精神分析という基盤そのものをさらえ返すような、時代的な淵源と深度をもった状況への応答なのである。『差異と反復』の一般存在論は、こうした背景において見てとられなければならない。その意味ではそれは、まさに二十世紀的な哲学的思考の、あるいは存在論的な議論の、唯一ではないにせよ、典型的な事例ではないか。/ それがどこまで有効であったのか、あるいはその限界は何か、それはわれわれに突きつけられる問いであるが、まずはドゥルーズ自身が直面する問いでもある。この時期の「一般存在論」を、言語と身体という事情に先鋭化させながら繰り広げていった議論として、『意味の論理学』は読まれるべきだろう。
第四章 『意味の論理学』――言葉と身体
『意味の論理学』について
『意味の論理学』に移ろう。この書物は、ドゥルーズの第二の主著といえるものである。この書物で述べられていることの多くは、『差異と反復』ですでに論じられてもいる。何より、パラドックスという方法を「表象」を批判するために問い詰め、差異と理念の位相を軸にした「哲学」を論じるその姿勢において、両者のあいだには密接な結びつきがある。『意味の論理学』の記述は、『差異と反復』第三章に、いささか中途半端なかたちで折り込まれてもいる。また出版年が一年しかずれていないこの書物が、『差異と反復』とほぼ同じ時期に執筆されていたことも間違いがない。/ しかし、『意味の論理学』は『差異と反復』に対して、多くの点で距離をとろうとしている。それを考えること自身が、この書物を読む際の大きなテーマであるだろう。
この時代は、もちろんエクリチュールの方法ついて、きわめて強い関心が喚起された時代である。当然そこでは、ジャック・デリダなど、伝統的な哲学の思考に反するスタイルを、自己の叙述に反映させている例を見いだすことは難しくない(デリダは、いうまでもなく、「脱構築」という自己の姿勢を、テクストの作成そのものに反映させるのだが、そこで軸になっているのは、テクストに憑くテクストとでもいうべきあり方である)。ドゥルーズもまた、あれだけ共通感覚に従った「表象」の解体を述べていたのだから、その著述のスタイル自身、『差異と反復』のような論文調であるべきではないのではないか。『意味の論理学』のセリー状の構成に「こうした態度が関連していることも確かだろう。
静的発生と動的発生
セリー形式という錯綜した構成を見せるこの書物であるが、その内容を総体として捉えてしまえば、そこにはかなり堅実な構造性が見いだせる。そこで鍵となるのは、深層・表層・高所という三つの位相である。それらの位相は、「一次的秩序」(ordre primaire)、「二次的組成」(organisation secondaire)、「三次的配列」(ordonnance tertiaire)と名指されるものと対応させられる。「一次的秩序」は、分裂症的な深層の身体に、そこでのノイズ的な装置に該当し、「二次的組成」は表面の、表層の、皮膚の身体に、そこでのパロール=言語行為の領域に相応する。そして「三次的配列」は、高所の声の場面と照応する(実際には横にずれるかたちになっているが、そのことについては後で述べる)。そこでは「一次的秩序」が、分裂症的な態勢(position)を表現するのに対し、「二次的組成」は神経症的な位相を示し、「三次的配列」は躁鬱的・抑鬱的な場面としてとりだされる。さらにそこには、哲学者のイマージュとしての、前ソクラテス派・ストア派・プラトンが、そして哲学的言説のあり方としての風刺・ユーモア・イロニーが重ねあわされる。また言語の発生論としては、それらに不定詞・動詞・名詞が割り振られる。
深層と表層
だが第二には、そうではあれ、『意味の論理学』は、まさにアルトー的な位相を論じることにより、「深層」を浮き立たせる書物でもあるということである。/ 『差異と反復』では、こうした深層に該当するものは、差異化‐分化のプログラムを発動させる「根源的な始点」として押さえられていた。それはいわば、「始原の賭け」という、現象化の発動の一点としてしかイマージュ化されえなかった。しかしこの深層は、それ自身として、どのように語られうるのか。ここでドゥルーズは、『差異と反復』ではさほど明確に記述しなかったこの位相を、はっきりと語りだすのである。それは、分裂症患者の言語が脱分節化したあり方に見いだされる(ウォルラソンによる分裂症の言語学を基本とした)ノイズとしての言語である。またそれは、キャロル的な言語のナンセンスとは別種の無意味としての、アルトー的な裂音の場面である。それは身体であるが、質料性としての身体、何の意味ももたない身体性そのもののことである。
言語のパラドックス
まずは、キャロルから論じよう。キャロルのパラドックスは、ドゥルーズにとって、「出来事」という「表層」を見いだすための最高の装置である。キャロルのカバン語は、その離接的な総合性において、ドゥルーズにとってさまざまな意義をもつ。さらにキャロルの少女趣味は、ドゥルーズのジェンダー観や、n個の性というアイデアにとっても、多くの連関をもっている。/ しかし、そこでのパラドックスは、さほど理解困難なわけではない。それは、言語の自己言及性を巡るパラドックスであるのだが、それは簡単にいえば、「言語」は「意味」を扱うにもかかわらず、「意味」は「言語」そのものではありえないという事態に集約される。物質性をもたない「意味」は、ある種の現実化された装置である「言語」の「意義=意味作用」に依拠して捉えられざるをえないのだが、それはつねに「意味」を裏切ってしまうのである。
意味のパラドックス
さて、以上のパラドックスのあり方は、現実化された「表象」的な場面(それがここでは、「指示」における「対象」の同一性、「表出」における「主体」の同一性、「意義」における「概念」の同一性によって担保される)から、それには包括できない「出来事」としての「意味」へと向かうものであった。そうであれば、そこで思考すべきことは、二つの方向に分かれていく。/ そのひとつは、パラドックスを利用してこうした「意味」の表面に到ったのならば、今度はそこから「意義=意味作用」の地平が形成されるのはいかにしてかということである。それはまさに静的発生を論じるものであるだろう。/ そしてもうひとつは、こうしたパラドックスが開く「意味」のあり方を、さらに根源的に「無意味」に晒していく深層とは何かという問いである。
分裂症者と深層
キャロルのパラドックスは、「表層」に到達することによって、それ自身「深層」のもつ無意味性に関与していた。これは「意義のパラドックス」が、「意味のパラドックス」に支えられていることによるのだろう。しかし、あくまでも言語のパラドックスにとどまるキャロルにおいて、こうした深層そのものが問われているわけではない。そこで、言葉から身体へ、つまり現実化した対象性ではない質料的なものへという議論が、さらに展開されなければならない。/ ここでキャロルとアルトーとの対比がなされるのである。正確にいえば、キャロルの英語をフランス語に翻訳するアルトーの、キャロルとの姿勢の相違と、それを経た分裂症そのものの露呈が問題になっていく。
質料性の位相と発生論
さて、こうした質料性の場面を、あるいはそのノイズ的なあり方を、どのように把握すればよいのか。それについてまとめておこう。/ 「意味」の問題系が、質料性と非質料性との両者に関連するというのは、重要なポイントである。そしてドゥルーズが、この論脈で分裂症者の身体を重視するのも、無意味な質料性が、記号と言語に関する議論につきまとわざるをえないことにはっきりと関わっている。そこでは、「現実化」された位相が示すパラドックスではない、別種のパラドックスがとりだされることにより、身体が、同一性の基準に収まる対象的な物質性とは異なった質料的なものであり、意味における「無‐意味」の役割を担っていることが明らかにされる。
静的発生について
静的な発生は、「表層」を主題とするものである。そこで、「良識」的で「共通感覚」的な審級、つまり「指示」「表出」「意義=意味作用」を支え、対象・主体=自我・概念の同一性を確保する位相が、「三次的配列」としてとりだされていく。それは、パラドックスを通じて、「表層」や「深層」を見いだしてきたこれまでの議論とは、逆方向に展開されるものである。これはまさに、秩序の発生についての議論なのである。
実現の二つの水準――環境世界と世界
ドゥルーズは、こうした静的発生を、二つの水準から押さえていく。/ その「第一の水準」は、まさに「個体化」が遂行される位相である。これは、ライプニッツ的に述べれば、正則的なものの特異性が収束していくことであり、そこにおいて、個体とそれが存立する「共可能的」な「世界」が、「環境世界」(Umwelt)として現れてくるとされる。そこでは、離散的な「出来事」の場における、個体への収束が語られる。
「第二の水準」は、「第一の水準」が提示するような、個体への収束と、そこでの共可能的な世界の成立という制約を備えてはいない。それはむしろ、共不可能的(imcompossible) な世界、つまりさまざまなものでありうる反実仮想的な局面を貫いて、それ自身の徹底した「同一性」が産出される場面であるとされるのである。
動的発生について
動的発生は、静的発生とは、議論の位相をまったく異にする。そこでは、身体という深層からの、言語の発生がテーマになるのである。/ そこでのドゥルーズの議論は、メラニー・クラインの精神分析に強く依拠している。その議論が開始されるのは、26セリーからのことであるが、動的発生の議論の素描は、それに先立つ、18セリーや19セリーにおいて、すなわちそこでの、深層・高所・表層にまつわる「哲学者の三つのイマージュ」において遂行されている。それは「三次的配列」と「高所」との関連についての、微妙な問題にも結びついている。
クライン・ラカンの議論
こうして、哲学者の三つのイマージュによって描かれ、さしあたり表層における出来事性に議論が集約されていくここでの記述は、メラニー・クラインを導入した精神分析的な議論の下図として機能している。
言語の動的発生
精神分析に依拠した上述の記述が、言語の形成と組みあわされる。動的発生の「第一段階」とは、「分裂症態勢」から「抑鬱的態勢」への移行であり、それは「ノイズ」から「声」の形成を意味している。たんなる質料性としての音から、「高所」に待避し、「先在するものの名において自己を表現し、あるいはむしろ、先在するものとして自己そのものを措定する声」(LS 267)への移行が、そこで語られるのである(声はノイズではなく、失われた対象を指示するイドラとなる)。そして「第二段階」においては、性的態勢の各段階に対応した、性と言語との重なりが明らかにされる。「音素を性感帯と、形態素をファロス段階と、意義素をオイディプスの進化や去勢のコンプレックス」(LS 269)と結びつけることが、その具体的な内容になっている。
動的発生のまとめ
すでに述べたように、『意味の論理学』が、身体と言語とをテーマとし、パラドックスの装置に依拠しながら、『差異と反復』で描かれていた発生論を、動的な深淵から捉え返す試みであるならば、この書物は、(形式的にセリーの構造をもっているにもかかわらず)、きわめて強固な構成において描かれた著述であるといえるだろう。/ そこでは「深層」の領域を描くために、『差異と反復』では導入されていなかった(時間論を補足するように記述されただけであった)精神分析の議論が、現代的な形而上学として採用されている。そして、身体からの言語の形成については、深層からの、対象=Xとして規定される「同一性」の「発生論」が描かれるのである。
七十年代以降の、ドゥルーズ=ガタリとして活動をおこなうドゥルーズが、ここまでの議論の配置から、はっきり距離をとることは、これらの疑問と繋がるだろう。そこでは、深層の領域は、それ自身表層の領域に張りだして、もはや垂直的な運動性は語られなくなる。分裂症的な作動は、「器官なき身体」というタームのもとに、それ自身が「離接的な総合」としてのリゾーム的な作動を覆い尽くす。そうであれば、そこではまさに、「現実的なものの一元論」という、薄層が重なりあったものとしての世界のイマージュが前面に押しだされるだろう。/ 後期のドゥルーズを捉えるためには、ドゥルーズが哲学を語っていた「発生」システムからの「転回」が生じていることを視野に入れなければならない。この「転回」を考えなければ、ドゥルーズ=ガタリと、まさに「発生論」としての「哲学」を遂行していた前期ドゥルーズとの結びつきは、本当のところ明確になしえないはずである。/ こうしたドゥルーズの思考の「転回」は、もちろん前期の思考と連続している。その連続性と断絶は、さしあたりいくつかの文学論の試みにおいて見てとれるのではないか。七十年代になって、ガタリとの関係が深くなり、文学機械という表現を用いだすに到るドゥルーズの記述を、後期ドゥルーズへの「転回」を彩るインテルメッツォとして、位置づけることはできないであろうか。
第五章 ドゥルーズ=ガタリの方へ――文学機械論
ドゥルーズと文学――ドゥルーズと言語
この時代のフランスの哲学者の誰もがそうであるように、ドゥルーズもまた文学への強い暗好をもっていた。発掘された初期の作品のいくつかは、文芸誌に向けて書かれたものである(「無人島の原因と理由」がその一例である)。文学・文字・記号への関心は、「シーニュ」(通常「記号」と訳される)という、『差異と反復』のひとつのキーワードにも結実している。ドゥルーズの、現代芸術へのさまざまな議論が顕在化するのは、ガタリと出会って以降のことである。だが、文学への嗜好そのものは、「哲学」の時期のドゥルーズにおいても明白である。それは、『プルーストとシーニュ』初版の内容が、『差異と反復』と強い関わりをもっていることからも理解できる。このプルースト論は、初期のドゥルーズの思考の流れにそっくり対応しているのである。また、『意味の論理学』に所収されているクロソウスキー・トゥルニエ・ゾラについての論考も、それぞれが『差異と反復』で描かれるアイデアに照応している。ドゥルーズが、文学をひとつの事例として、哲学をおこなっていたことは間違いがない。
つまりドゥルーズには(『意味の論理学』での、言語の自己言及性のパラドックスへのこだわりにもかかわらず)、いわばエクリチュールそのものを問い詰めることにより、世界の構成を理解しようという、まさに二十世紀的な「言語論的転回」に即応した姿勢は久落しているのである。この点は、(もちろん二十世紀的なものよりもはるかに古層からの)思考のエクリチュール性や、それと生とのズレやパラドックス性に関心を払ったハイデガーやデリダの議論からは、相当に距離をとるものである。ドゥルーズは、言語システムや文学システムを、世界を論じる際の特権的な場として捉えることはない。言語的な事例も、どちらかといえば、生命システムを軸にした、自然生態系の一般的存在論のなかでの、ひとつの補完的な装置であるかのように見える。
クロソウスキー論
しかしとりあえずは、『意味の論理学』の補遺である三つの作品、クロソウスキー論・トゥルニエ論・ゾラ論をとりあげよう。それらは、『差異と反復』と『意味の論理学』の各部分の変奏として、この両者を繋ぐような役割を果たしている。/ クロソウスキーについては、何といっても、この人自身のニーチェの解釈、とくに「永劫回帰」の解釈のドゥルーズに与えた影響が甚大である。「永劫回帰」論は、『差異と反復』の「第三の時間」における、「裂け目が入れられた自我」の発想の基本になっている。ここでのクロソウスキー論でも、やはりこうした「第三の時間」との繋がりが、最終的に焦点になる。/ だが同時に「クロソウスキー、あるいは、身体-言葉」と題された、この小論考においては、もちろん言葉と身体という二つの事例の連関もポイントになっている。
トゥルニエ論
この次に置かれているトウルニエ論、「ミシェル・トウルニエと他者なき世界」は、すでに(異例なことに)四回も翻訳がなされている(『意味の論理学』の初訳の法政大学出版局の宇波彰・岡田弘訳、ルクレティウス論とトゥルニエ論を抜粋して訳した哲学書房の丹生谷貴志訳、『意味の論理学』河出文庫版新訳の小泉義之訳、さらにはミシェル・トウルニエの『フライデーあるいは太平洋の冥界』岩波書店に付された榊原晃三訳がある)。/ この論考が数度にわたって訳出されている所以は、それがドゥルーズにとって希なことに、他者の議論を扱うものであることに由来しているのではないか。それは、トゥルニエの描くロビンソン・クルーソーの世界、すなわち他者が消失した世界における知覚の変容を捉えながら、逆に他者性の構造に迫る仕組みをもっている。
ドゥルーズにとって、「表層」の出来事の自然主義が、人間的他者とは別の、他なるものの解放に向かっていることが何よりも着目されるべきである。他者-構造にとって代わるのは、倒錯-構造であるのだが、そうした倒錯のなかで、「表層」の生の意義が、『差異と反復』とは異なった仕方で、『意味の論理学』の出来事性に引きつけられて描かれている。
ゾラ――裂け目とタナトス
先の二つの作品が、『差異と反復』や『意味の論理学』と比較的連関させやすい作品であったことに対して、ゾラを扱ったこの作品は、そのテーマが含む多彩さにおいて、目を見張るものがある。ゾラ自身が、きわめて十九世紀的な、機械と資本主義、あるいはそこでの人間の欲望に目を光らせていた作家であった。そうした事態を捉えるドゥルーズの視線にも、『アンチ・オイディプス』へ繋がっていくような、さまざまな主題が含意されている。
死の本能は機械として表現されることにより、死が死であることを裏切り、ある種の未来を指し示すものになる。そこではもちろん、機関車という機械そのものが、十九世紀という時代のなかで、進歩とスピードの象徴的な産物であったことは着目されるべきだろう。そして、ゾラが位置する十九世紀は「まさにベンヤミンの世紀、ベンヤミンがパサージュ論で描きだしたパリと折り重なるように、機械的なテクノロジーが現出し、商品化された流通が形成され、プロレタリアートと革命の可能性が芽生える歴史性において捉えられる時代である。ゾラは、そうした資本主義的な時代性のなかで、自然史的なものであるエポスの本能を、機関車というテクノロジーに仮託させながら語るのである。これがドゥルーズ=ガタリの語る機械に、本質的に深く結びついたものであることは、改めて指摘するまでもないだろう。
プルースト――芸術と本質
『プルーストとシーニュ』は二つの大きな特徴を備えている。/ ひとつはいうまでもなく、この書物が、表題にあるように「シーニュ」を主題とし、世界を解読すべき事象として捉えている点である。それは、『差異と反復』での「シーニュ」の議論を引き継いでいる。そしてもうひとつは、この著作では、ドゥルーズ単独で著された部分と、ガタリとの共著の時期に書かれた増補部分とが、接合されていることである。ここからは、文学機械として、機械概念を前面に押しだしていく、後期のドゥルーズとの深い繋がりを見てとることができる(現状の法政大学出版局の翻訳は、第二版にも即しておらず、文学機械の記述が、初版の結論の前に来てしまっているが、原典では第一部と第二部は、はっきり分離されている)。
こうしてシーニュの分類学は、ドゥルーズの理念論をはっきりと辿り返すものであることが分かる。シーニュのそれぞれの位相は、理念としての錯綜体が個体化していく、そのシステム論的段階に折り重なるし、シーニュの役割は、現象を構成しながら、現象がその齟齬においてまさに理念を思考させるよう強いるという事態を示している。同時に、ドゥルーズが「本質」や、そこでの「永遠」の時間という形象について、ここまであからさまに、ある意味ではかなり素朴に論じていることには注意が必要だろう。/ 『差異と反復』では、「イマージュなき思考」として描かれていた理念の領域が、『意味の論理学』の「反-実現」論で見られるように、芸術の力能によって、対象化に逆らう仕方で提示されうることは、すでに見た通りである。ここでの「根源的な時間」のイマージュは、後期のドゥルーズでは、『シネマ』の「時間イマージュ」や、さらには芸術を哲学と科学との関係において規定する『哲学とは何か』の論旨にも繋がるものだろう。もちろんそこでは、現象化しえないものの現象化というパラドックスが問題になる。しかし『プルーストとシーニュ』のドゥルーズは、こうしたパラドックスそのものを(齟齬を発生させる当の事態を)深く論じることはない。だが、逆にいえば、理念の展開の各段階すべてをシーニュという「解読」の事例に押さえ込むことにより、この書物は、ドゥルーズが芸術と時間イマージュとの関わりを、さらに後に描きだすに到る、その端緒を形成するテクストとして読むことができるのである。
文学機械へ
この書物の第二部、まさに「文学機械」と題されている部分は、明らかにガタリとの共同作業の時期において、そこでの概念を導入することで、ドゥルーズが自らのプルースト論を補ったものである。それゆえこの部分には、六十年代から七十年代へのドゥルーズ自身の移行を巡る問題系が、はっきりと析出されている。/ そこでの主張の最たるものは、まさに「アンチロゴス」としての「機械」という概念である。そして文学機械が備えている「生産性」である。六十年代のドゥルーズでは、「第ミの時間」を軸とした垂直的発生によって見いだされていた事態を、まさに表層の装置によって捉え込むことがなされていく。
タナトスが機関車と結びつき、言明不可能な深層が無言のリズムとして現れていくゾラ論における機械、それがこうした文学機械総体に鳴り響き、ドゥルーズの記述のあり方をも組み替えていく。その組み替えが成功であったのか、そこでは「発生」としての「哲学」を論じていたトゥルーズからとり逃されるものはないのか、さらには、ガタリとの七十年代を経て晩年に向かっていくドゥルーズにとって、この「転回」は充分であったのか、あるいはもう一段階の変容が必要だったのではないか。これらの問いは、やはりここまで記述してきた、六十年代の「哲学」を受けて、そこからの距離と偏差を測定することによってこそ検討されるべきだろう。
あとがき
ドゥルーズが多くの読者を魅了し、さまざまな影響力を行使してきたことは間違いがない。二十一世紀になって、華やかなりし六十年代の現代思想の光景ははるか昔に遠ざかってしまった。しかしこの時代のなかで、とりわけ国家や資本、情報や環境やグローバル性が前面に出てきている状況において、なおさまざまな論者がドゥルーズに言及しつづけている。その根底には、ドゥルーズそのものがもっている思想的な深さ、あるいはその射程の広さがあることはいうまでもない。そこでは、後期ドゥルーズの「ドゥルーズ=ガタリによる著述がやはり目を引くにしても、その基底では、前期の、いわば定型的な哲学の枠内で仕事をしていたドゥルーズの議論が重要な役割を演じていることは確かである。生の哲学を引き継ぎ、広く哲学のバロック性に棹さし、独自の生命論的システム論とでもいえる思考を展開した、その初期の思考を咀嚼することなくしては、もとより後期ドウルーズについて何かを述べることは空疎にすぎる。ドゥルーズを読む際には、その潜在性の生成システム論の射程がどこまであったのか、そしてドゥルーズがそれと距離をとりながら後期の思考を開始していくのであれば、そこからの離反はどこがポイントになっているのか、それらがまずは明確にされなければならない。それは、ある種の「趣味」や「個人芸」として読まれていた側面も濃厚なドゥルーズの思考の、徹底した「通俗化」の過程であるといえるし、そのプロセスは、世界的に進行している流れでもある。
二十世紀後半におけるドゥルーズの位置は、良かれ悪しかれ、二十世紀前半におけるハイデガーのそれに酷似している。熱狂的に受容され、数々のエピゴーネンを生みだし、その特異なジャーゴンが席巻する。多くの場合は、そこで何が語られているのかはよく分からないままに、煙に巻くようにその口吻をまねすることで、何かを語ったつもりになる。とりわけ輸入思想の天国である日本ではそうであった。かつてハイデガーが、したりがおで流布されたように、ドゥルーズもそうした「思想密輸入業者」の恰好の餌食になり、流通していく。もちろんそれがもっている「創造的」な側面は決して軽視されるべきではない。ハイデガーが三木清や和辻哲郎や西田以降のさまざまな思想を触発し、それが正当なハイデガー読解であるかどうかとは別次元において、生産的な道を切り開いたことは確かだからだ。ドゥルーズにおいても同じような状況はある。しかし同時に、やはり思想がどこかで先に進むためには、ある段階でその徹底した「通俗化」と、思想の意義の検証という作業は不可になる。そこでこそ、実質的な応用的作業も可能になる。
日本の文脈において、ハイデガーに関しては、渡邊二郎氏が、翻訳や著作を通じてそうした「通俗化」を強烈に推し進め、神秘化も神格化もしないハイデガー理解を推し進めたことが思い返される。私にとっては教えを請うた先生のひとりでもある氏も昨年逝去された。そうした個人的な事情は措くとしても、おそらくフランス思想においていハイデガーに対して渡邊氏が行っていたようなこそれ自身は直接的に生産的ではないかもしれないが、丹念にテキストを通俗化する読みは不可久だと考えていた。もちろん百科事典のような氏の『ハイデッガーの実存思想』『ハイデッガーの存在思想』(勁草書房)には及ぶべくもないが、私としてはドゥルーズについて、アクロバティックではない「通俗化的」解説は是非とも必要と考えていた。この本は、そうした作業の一環と捉えていただければ幸いである。
ビブリオグラフィー
ドゥルーズ年表
ドゥルーズ入門 (ちくま新書 ; 776) | NDLサーチ | 国立国会図書館
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