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[本]田崎史郎『安倍官邸の正体』講談社現代新書

安倍官邸の正体 (講談社現代新書)

安倍官邸の正体 (講談社現代新書)

 
  • 財務官僚は極めて優秀であり,議員会館を回って議員とよく話している。その優秀さと熱心さにおいて,他の省庁を圧倒している。
  • 14年11月の解散は「官邸と,財務省並びに財務省応援団の議員の戦い」という一面があることを明記しておきたい。
  • 解散を決断した理由について,(…)「政治とカネ」の問題が噴出したため,態勢の立て直しを図ったと説明された。だが,首相側近は「あれはウソです」と断言している。
  • 今,私は読み誤った悔しさと,安倍,菅両氏が私の想像を超えて動いたことに敬意を抱いている。
  • 官邸は機能的に動いていると思われている方が多いだろう。しかし,首相以下,官邸の要人は正副長官会議がなければ,一堂に会する機会はめったにないのが現実だ。
  • 政治は言葉によってうごく。よほどのことがないかぎり,文書が作成されることはなく,口頭了解が政治の日常風景である。しかし,言葉で動いているがゆえに,政治に誤解は付きものだ。
  • 要するに,正副長官会議は安倍官邸における「最高意思決定機関」と言える。
  • 安倍は小泉に比べ発信力では劣る。しかし,「安倍さんのためなら何でも汗をかく」という同志には恵まれている。
  • 小泉の二男の衆院議員・進次郎も携帯電話で政治家,官僚らとの連絡を取らない。(…)上司に当たる地方創世担当相・石破茂ですら進次郎の携帯番号を知らない。
  • 直前に会った国会議員や官僚の意見に左右されることが分かり,鳩山への意見具申は先を争うのではなく,“後を争って”行われるようになった。
  • 野田官邸になって秘書官,官僚との関係は大きく改善した。
  • 人間には誰しも権力欲,自負心はあるが,国会議員のそれは並外れている。
  • ANAインターコンチネンタルホテル東京(…)の6階に24時間使用可能で時間貸ししているミーティングルームが四室あって,しかも他の客に気づかれずに出入りできる裏導線も備わっているので,政治家の会合によく用いられる。
  • もちろん,当時,正副長官会議のようなシステムがあったからといって,消費税や普天間移転問題を解決できたとは思わない。何の展望もなく,いきなり言い出す鳩山や菅の資質に根本的な問題があった。
  • 民主党政権崩壊の原因について,学者らの取材,分析によって書かれた『民主党政権 失敗の検証』(中公新書)がある。
  • (安倍)一次政権ではまず,首相官邸の態勢をそれまでの官房長官,副長官の「ライン中心」から,首相補佐官を軸とした「スタッフ重視」に切り替えた。それが,あとで振り返ると官邸崩壊を招いた。
  • 政権という城はつねに内部から崩れていく。
  • 官僚の本質を,元米大統領リチャード・ニクソンは名著『指導者とは』(文春学藝ライブラリー)でこう書いている。(…)<指導者に忠誠心を抱く官僚は寥々たるもの。自分の信じる正義のために献身する者がほんの少しいるだけで,大部分の官僚は自己の利益だけを考えている>
  • 「官僚を利用するが,官僚に利用されない」。これを鉄則にして,人事をテコに霞ヶ関官僚を動かしていく。これが,第二次安倍政権の官僚支配の手法だ。
  • 問題を起こした官僚を,辞めさせるマイナスと,辞めさせないマイナス――。どちらのマイナスが大きいと判断するか。それが政権の重要なリスクマネジメント(危機管理)である。
  • 一年に一回ぐらいの人事は,永田町でも摂理である。小泉純一郎が「一内閣一官僚」を唱えていたのに,実際にはほぼ一年に一回,人事を行ったのはこの摂理に勝てなかったということだ。
  • ダブル辞任になったのではなく,あえてダブル辞任にした,いわばマネジメントされ,打撃を最小限に抑えこむ辞任劇だと思ったからだ。
  • 「ぶら下がりをやめたことが民主党政権の唯一の成果だ」――。安倍は就任当初,周囲にこう語り,
  • 反発が起きるのを恐れ,縮こまっているのではなく,思い切って踏み出せば抵抗は案外少ないと,安倍は思っている。
  • 「野田さんも二度目をやれますよ。私だって二度目をやるわけですから」
  • 米大統領ニクソンはこう記している。(…)<指導者にとって大切なのは,何時間デスクの前で過すか,そのデスクがどこにあるかではなく,重要な決断を正しく下すかどうかである。>
  • 「安倍さんは地獄を見た政治家なんですよ」。菅は以前,こう話したことがある。地獄を見て,そこから這い上がってきたところに安倍の真骨頂がある。
  • 2012年12月26日の組閣時,安倍に「あの人をどうして使うのか」と尋ねたら,「人望はないんだけど,能力はあるんだよね」と,さらりと答えた。
  • 世耕は週に二回,安倍に会うように努めた。政治は基本的に損得ずくで動く。しかし,時として,打算を抜きにした関係もある。
  • 候補者は選挙区全体,および市町村ごとの得票率を注意深く見ている。小選挙区比例代表並立制導入後,対立候補比例代表で復活できないほどに差を付けられるかが候補者の強さの目安になっている。
  • 私を含め報道機関が誤報してしまう根源は,他紙に抜かれるという恐怖感と,少しでも早く伝えたいという功名心だ。
  • <政治とは妥協の産物であり,民主主義とは政治の産物にほかならない。ステーツマンになろうと志す者は,まずポリティシャンでなければならない>(『指導者とは』)
  • 戦後レジームからの脱却」を訴えた「美しい国」路線を引っ込め,経済成長重視のアベノミクス推進を最重要政策に据えた。これが,政策面における一次政権と二次政権の大きな相違点だ。
  • 白川は近々,首相の座に就く安倍の面前明らかに位負けしていた。一方,安倍は白川の立ち居振る舞いをみて,「日銀くみしやすし」と思った。
  • 法制局は内閣の一部局にすぎないのに,内閣のトップである首相が指示,命令しても動かないのが戦後日本の統治機構の断面だ。
  • 人を配置し,手順を考え,戦略を練る――。安倍は一次政権に比べて,はるかに用意周到になったと言える。
  • 菅は秋田杉の名産地として知られる秋田県雄勝町(現湯沢市)でイチゴ農家の長男として生まれた。秋田県の最南端に位置しているこの町は,美人として有名な平安時代の女流歌人小野小町が生まれ,亡くなったという伝説がある。
  • 菅は当選後,当時の小渕派に所属し,梶山に政治のイロハを学んだ。菅が梶山を「政治の恩師」と呼ぶゆえんだ。
  • 菅の言葉はつねに,味気ないほど短い。余計なことは一切言わない。このため,政治状況や心理を脳裏に描きながら真意を汲み取らなければならないのだが,言葉の一つひとつは研ぎ澄まされていて,核心を突く。
  • 多数派工作は民主政治における「戦争」である。
  • あくまで一般論だが,官僚出身はカンが悪く,地方議員出身者はカンが良い。
  • 自民党公明党は議員の立脚基盤で深々とかかわっているがゆえに,連立を崩せない。
  • 政権批判,あるいは菅個人への批判が案外少ないのは,菅のたゆまぬ努力の賜物かもしれない。記者の習性として情報過疎になると凶暴になるが,一定の情報を与えられていると案外,静かである。
  • この説得に,菅の官僚操縦術の一端が現れている。まずデータをそろえる。次に論理的に説得する。それで応じないから人事権を使う――。
  • 行動を起こす前に「おかしい」と思う感性が必要だ。
  • 麻生が首相時代にこう言っていた。「菅は秋田から集団就職で上京して法政大学に通い,小此木彦三郎の秘書になった。そして選挙区は都市化した横浜だ。都市と地方,両方の考えが分かるところがいい」
  • 菅は記者会見で失言したことがほとんどない。この点では,恩師の梶山より安定している。
  • かつて,名官房長官と呼ばれた人はいた。中曽根内閣の後藤田正晴,橋本内閣の梶山静六小渕内閣野中広務小泉内閣福田康夫らだ。(…)しかし,それぞれの首相との関係が良好だったかといえば,必ずしもそうではなかった。