Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

三谷惠子『クロアチア語のしくみ』白水社

クロアチア語自体には馴染みがないけれど,言語としてはエキゾチックなところはないんじゃないか。良くも悪くも。旅行ガイドなノリで書かれている本書だけど,そのノリにいまいちついていけないーーというか,空回りしている箇所が散見される。

図書館に旧版しかなかったけれど,〈しくみ〉シリーズの他と同様,新版はちゃんとある。

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「クロアチアの人はドイツ語か何かを話しているんですか?」なんて質問されることがまれにありますが,とーんでもない。クロアチアの言葉はクロアチア語です。そしてこの本は,そのクロアチア語のしくみをごくわかりやすく,ツアー仕立てで紹介する本です。

1章 文字と発音のしくみ

クロアチア語にはこのsobaの前にoがついたosobaという言葉もあります。あ,今度こそ,お蕎麦だろうって? 違います!! こちらのオソバは「個人」という意味の言葉です。

Gore gore gore./山々の頂の方が燃えている。/同じ語が3つ並んでいるように見えますが,実は3つとも異なる語です。最初のgoreは「山々」,このoとeは短い母音で,最初のgoからのreに向かってやや音が上昇する感じの発音です。次のgoreは「上のほうで」という意味で,このoもeも,やはり短い母音ですが,こちらは最初のgoが高い音で発音され,次のreで下がります。最後のgore は「燃える」という意味の語で,goは「山」のgoと同じ発音ですが,後ろのreが「レー」と長く伸びる音になります。そこで全体は[ゴレ ゴレ ゴレー]。

カワサキはローマ字でKawasakiですが,クロアチア語式に直すと,あれ,ワの音を表すクロアチア語の文字は何? 1章で出てこなかったような気が。そうなのです,英語でwで綴られる音は,クロアチア語にはないのです。音がないのでw の文字もアルファベットにありません。なのでカワサキをクロアチア語式に綴るなら,vを代用してKavasakiとなります。

重要なのはむしろ,そうした違いの後ろに何があるのか,という点なのです。それぞれの地域の歴史を見ると,クロアチアはオーストリア・ハプスブルクやハンガリーの勢力下,カトリック文化に親しみ,一方ボスニアはオスマン帝国の支配を受けてイスラームの宗教と文化を受け入れ,現代に至りました。そしてセルビアは,オスマン帝国に中世の王国を滅ぼされてなおセルビア正教の信仰を守り,独自の伝統を作り上げました。そうした文化的背景の違いが,言葉の中に染み込んでいるのです。

2章 書き方と語のしくみ

要するに,クロアチア語には,語を作るためのいろいろな意味を持った部品があれこれあって,それらを,語のいわば本体部品にくっつけることで,意味の異なる言葉を作るしくみがある,ということなのです。考えてみたら,日本語でも,漢字を組み合わせて,「出発」「出航」「出品」とか「入学」「入社」「出入」とか、いろいろな言葉を作りますよね。これも部品を組み合わせて完成品の語を作るしくみ,と考えれば,そのココロは日本語もクロアチア語も同じようなもの。

3章 文のしくみ

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1章 区別のしくみ

名詞のグループ分けには,名詞の最後の音が鍵を握る,ということなのです。

クロアチア語では名詞の単数形の一番最後の音は,何かの子音か,母音のaかoかeのどれかです。クロアチア語固有の語にはiやuで終わる単数の名詞はありません。そして,名詞が男性・女性・中性のいずれのグループに属するかは,最後の音でほぼ決まるわけです。ただし,最後が子音で終わる名詞には,男性と女性が混ざっているので,気をつける必要があるのですね。

2章 人と時間のしくみ
3章 「てにをは」のしくみ
4章 数のしくみ
  • 0 nula ヌラ
  • 1 jedan ィエダン
  • 2 dvaドヴァ
  • 3 triトリ
  • 4 četiri チェティリ
  • 5 pet ペート
  • 6 šest シュースト
  • 7 sedam セダム
  • 8 osam オサム
  • 9 devet デヴェト
  • 10 deset デセト
5章 実際のしくみ
参考図書ガイド

クロアチア部を勉強してみようかなぁ,という方は,まずは

語学入門書の定番の一冊をどうぞ、セルビア語とクロアチア語の違いもわかります。さらに詳しく,文法もあわせてしっかりクロアチア語を勉強したい,という方は,

三谷惠子者『クロアチア語ハンドブック』(大学書林,1997年)

をご参照ください。また、ちょっと単語を調べたい,という場合は、

三谷恵子者『クロアチア語常用6000語』(大学書林,1998年)

があります。クロアチア語の単語から日本語の意味を調べるポケット辞書ですが,後ろに日本語の素引がついていますので,日本語からクロアチア語を調べることもできます。

クロアチアの歴史や文化をうまく一冊にまとめた本というのは,残念ながらありませんが

がコンパクトにクロアチアの歴史や文化を記述しています。あとは、バルカンやユーゴスラヴィアについて書かれたもの,たとえば

などの中から拾い読みということにならざるを得ません。そんな中、本編第二部にも登場する

は14~15世紀のドゥブロヴニクに焦点を当てた歴史書ですが,へえ,こんな世界があったのか,とヨーロッパ史の興味深い断片を見せてくれる良書です。

クロアチア語のしくみ 新版 | NDLサーチ | 国立国会図書館

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