ゲルマン諸語の一部だから,言語としては目新しいものはあまりないのだけれど,日本とオランダとの関係とか,オランダという国としての魅力とか歴史的なものとか,そういう周辺情報も含めて面白く読ませてくれる。この「しくみ」シリーズ,だいたいのフォーマットは決まっているとはいえ,やはり著者によって微妙な良し悪しが出てくるのだな。
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世の中に文法より人生と無関係なものは,まずないでしょう。生きる希望を失った人に動詞の活用を唱えてみても,教われることはなさそうです。ドイツの文豪ゲーテも,文法学者ほど芸術の本質から遠い者はいない,などという名言を残しているくらいです。そのくせ,同じ人間に生まれて,外国語くらい不思議なものはありません。島国育ちの私たちも,今や,身の回りに聞いたこともない言葉を操る人々をふつうに目にする時代になりました。その人たちの喜怒哀楽の表情は,メカニックな単語の変化や語順の規則がしっかりサポートしているのです。
まったく未知の外国語の全体像が手に取るようにわかる本があればいいな,と思ったことはありませんか。探偵小説のページをめくるように,覚えるのではなく,考えながら,ことばの奥義を体感するスリルを手軽に味わわせてくれる…そんな本がどうして今までなかったのでしょう。
本書は,こうした知的快感をお届けするために書かれました。なんとなくオランダとベルギーが気になる人,,日本と400年の交流の歴史を刻むヨーロッパの国の言語文化に親しみを覚える人,ネーデルラント絵画とベルギービールの愛好家,アムステルダムに赴任することになったビジネスマンとご家族,それに,オランダ人やフランドル人をパートナーにお持ちの方…そんな読者のみなさんすべてに,謹んで本書をお贈りします。
1章 文字と発音のしくみ
オランダ語の単語は英語と似ていることが多いのです。オランダ語の文字と発音の対応はとても規則的です。英語と違って,単語ごとにつづりを暗記する必要はありません。
それでは,なぜnnと重ねて書くのでしょうか。それは,前のaが短いことを示すためなのです。
「オランダ」はポルトガル語の Olandaに由来するからです。「Hollandでしょう」と思った人はかなりすごい。ただし,これは俗称としてはよく使いますが,厳密には「ホラント地方」というオランダ中心部の地方名です。
車で高速道路を疾駆していても,オランダ語圏の良さはわかりません。自転車で田園地帯をめぐると,はじめて本当の美しさを実感します。べルギー北部のフランドル地方もゆるやかな丘陵地帯が続いて,じつにきれいですよ。
オランダ人を母親とするブリュッセル生まれのハリウッドの妖精,Audrey Hepburn も,本当は「ヘップバーン」ではありません。pがbの音になって,オランダ語的には[ヘビュルン]です。これは「ヘボン式」といわれるローマ字つづりの提唱者で,アメリカ人宜教師・医師のJ. C. Hepburnと同姓なのです。
オランダ語はオランダ(約1,600万人)とベルギー北部のフランドル地方(約600万人)をおもな使用地域とします。かつての植民地,南米のスリナムとベネズエラ沖のアンティラ諸島でも公用語になっています。南アフリカ共和国の公用語で,ナミビアにも話者が多いアフリカーンス語は,17世紀半ばの東インド会社の入植民のオランダ語から発達しました。ベルギー南部のワロニー地方はフランス語圏です。プリュッセルは古くはオランダ語地域でしたが,今日ではフランス語を優位とする二言語使用地帯です。フラマン語という名称はフランドル人のナショナリズムの表れで,本来はオランダ語の方言名です。オランダ語と矛盾するものではありません。
2章 書き方と語のしくみ
国・国民・言語名は英語と同じく大文字書きしますが,曜日名と月名は小文字書きすることに注意してください。
前のページの説明で,オランダ語には特別な文字はないといいましたが,少し変わった文字があります。それはIJ/ij「エイ」です。これは2文字に見えますが,じつは1文字に相当するのです。
じつは,ijはyの代用なのです。ijを筆記体で書いて点々を取れば,yになるでしょう。そのかわり,オランダ語のyはほとんど外来語でしか使いません。
オランダ語圏の人々に特徴的なのは,van,de,te,ter,tenといった短い語を伴う姓です。たとえば,Van Dale「ヴァン・ダーレ」,Te Winkel 「テ・ヴィンケル」,Ter Laan「テル・ラーン」などがそれです。
オランダ語では単語と単語をつなげることで,かなり長い単語をつくることができます。長い単語はたいてい短い単語の集まりなのですから,分解してからくっつけて解釈すれば,こわくありません。
奇怪な怪物を登場させた宗教画家,ボス(Bosch)の故郷で,大聖堂で有名なオランダ南部の都市の名前は,次のとおりです。/'s-Hertogenbosch セルトーヘンボス/こちらは「公爵(hertogen-)の('s-)林(-bosch)」という意味です。なお,-boschは古いつづりのなごりで,今ではbos「林」です。また,語頭のhはか弱い音なので,この場合は発音としては消えてしまいます。
今日,オランダ語圏は多方面でび脚光をあびています。しかし,オランダ語を正式に学べる大学は,日本にはありません。
3章 文のしくみ
日本ではなじみの薄いフリジア語(正確には「西フリジア語」)ですが,話し手はオランダ北部のフリースラント州を中心に35~40万人しかいなくても,オランダでは立派に第2の公用語に指定されています。ですから,とても身近な存在なのです。
フリジア人のだれもが完璧にフリジア語を話すとは限りません。生まれ育った環境や意識・努力の程度によって,言語能力に大きな差があるのです。オランダのフリジア語擁護政策は,オランダ学士院の一組織であるフリスケ・アカデミー (Fryske Akademy)とフリジア語教育委員会(Afak)を中心として,ヨーロッパ少数言語政策の模範といわれるほど充実しています。
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1章 区別のしくみ
物事を表す名詞でも,mijn「私の」の部分は人間を表す名詞とまったく形が変わりません。もちろん,uw「あなたの」,zijn「彼の」,haar「彼女の」でも同じです。これはじつに便利で,また,貴重な事実なのです。「言葉のしくみ」シリーズでご紹介するヨーロッパの他の言語ではどうなっているか,のぞいてみてください。こんなふうにスッキリいくのは,オランダ語のほかに,そうざらにはありません。
聖書の『創世記』によれば,神は人間とその他の被造物を峻別して創造されたわけですが,オランダ語は平気でこれとは無関係の区別をしています。それは「名詞の性」です。「男・女・物事」という「自然性」とは別に,すべての名詞について形式的に決まっている「文法性」,つまり,「名詞の性」があるのです。「両性」と「中性」がそれです。
「名詞の性」というものは,大昔の生物と無生物の素朴な区別に抽象概念などが加わり,とてつもなく複雑な過程を経て今に至ったともいわれます。なにしろ,すべての名詞にいちいちこの区別があるので,たまったものではありません。とはいえ,これは英語などのごく一部の例外を除いて,ヨーロッパ系の言語にはつきものです。思いっきりあきらめましょう。
両性名詞の前には「定冠詞」のde がつき,中性名詞の前には「定冠詞」のhetがつきます。定冠詞はよく使うので,両性調を「de-名詞」,中性名詞を「het-名詞」と呼ぶこともあります。
2章 人と時間のしくみ
もうご存知のように,「…です。…します」という断定の文では動詞は2番目に来ますし,命令や問いかけの文は動詞で始まります。つまり。動詞は文の前のほうにあるわけです。一方,基本形による文では動詞を最後に置くのです。これは,じつにオランダ語らしいユニークな点です。「だれが」があるかないかによって,動詞の位置が変わるのですねちなみに,オランダ語の兄弟であるドイツ語でもそうです。
だれでも好きでメチャクチャな変化をさせたいとは思いません。じっは,不規則動詞の母音の交替は,大昔にはまったく規則的に起こっていたのです。これにはいくつかのパターンがあるので,慣れてくれば,今でもおおよその見当はつくようになりますよ。
3章 「てにをは」のしくみ
そもそも「てにをは」とは何でしょう。これは昔,漢文を読み下すときに,漢字の四隅につけた補助記号の総称です。
4章 数のしくみ
数詞は外国話学習の最大の弱点で,なかなか自由に使えません。でも,どんなに複雑な数字でも,たった0~9の組み合わせにすぎないのです。
- 0 nul ニュル
- 1 een エーン
- 2 twee トヴェー
- 3 drieドリー
- 4 vier ヴィール
- 5 vijf ヴェイフ
- 6 zes ゼス
- 7 zeven ゼーヴェ(ン)
- 8 acht アはト
- 9 negen ネーヘ(ン)
それでは,ここでオランダ語数詞上達の移訣を一挙に大公開しちゃいましょう.まず。「秘訣その1」は,「母音で聞こう,オランダ語の数詞」です。あなたにとって,上の数字でいちばんまちがえやすいのは,どれとどれですか。vier 「4」とvif「5」,それにzes「6」とzeven「7」ではないですか。そうでしょう? そうですよね。ところが,オランダ語話者が取り違えやすいのは,なんと,zeven「7」とnegen「9」なのです。つまり,私たちは子音で識別しているのに,彼の地の人々は母音にこだわるのですね。そのため,zeven「7」をzeuvenのように,わざと変えていったりするのです。
なんと,21は「1(een)と(en) 20 (twintig)」, 95は「5(vijf)と(en) 90 (negentig)」というのですね。でも,ここでオランダ語を責めてはいけません。17 だって,zeventien,つまり,「7(zeven)+ 10(tien)」じゃないですか。英語のseventeenもそうです。オランダ語は21以上でも,この順番を守っているのです。
5章 実際のしくみ
参考図書ガイド
拙著で恐縮ですが,文化的な解説を交えたもっともくわしい入門書です。別売りのCDがついています。巻末の百冊を越す学習書・辞書の紹介も有益です。
練習問題を重視した実践的な文法入門書とその続編です。ベルギーのオランダ語を扱っている点でも貴重で,付属のCDでその響きを堪能してください。
最初の3冊に比べて,手軽にすばやく学べる初級用学習書です。
蘭英辞典からの翻訳ですが,蘭学関係のコラムも加えてあり,唯一のモダンなオランダ語辞典なので,十分に活用したいものです。
前日の前半部はアルファベット順,日蘭の後半部はテーマ別に約3000語を収録しています。
両国の歴史・文化全般を興味深く解説した有益な手引きです。
オランダ語のしくみ 新版 | NDLサーチ | 国立国会図書館
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