Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

小倉博行『ラテン語のしくみ』白水社

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この本には,普通の語学書のような文法表がありません。また「これをクリアしなければ次の章に進めない」といったこともありません。むしろそれとは反対に,どんどん先へ先へと読み進めていってもらいたいのです。読み終わる頃には「ラテン語はどのようなことをするのか」イメージができあがっていることでしょう。そしていよいよ本格的な勉強に入ってください。でも,そのときには「えらいことになりそうだ」という漠然とした恐怖心はすでに消えているはずです。いやそればかりか,相手の出方がすでに分かっているので,浮き足だつことなく取り組めるのです。

1章 文字と発音のしくみ

これは日本語と同じで「雨」と「飴」のような発音の仕方です。母音を1つしか持たない単語についてはその母音に,母音を2つ含む単語については,最初の母音にアクセントを置く,と言えば十分です。問題は母音を3つ以上持つ単語です。実はいくつかの細かい規則があるのですがそれはさておき,なによりもまず「後ろから2つめの母音」を見てください。長母音であればそこにアクセントを置きます。短母音のときは,その左隣の母音がアクセント位置です。

また「カルペ・ディエム」ということばを耳にしたことのある人も多いいと思います。これは古代ローマの保出した時人のひとり,ホラティウス(紀前 65-27)の作品に出てくる一節で,「その日を摘みとれ」という意味です。明日という日が来ると思わず,今日この日を大切にするように,という格言として今もなおしばしば用いられます。ラテン語としては carpe diemと扱られます。

ラテン語のは,英語のwayやweckのwで表記される音なのです。従って,先のラテン語は[ウェーニー・ウィーディー・ウィーキー]と発音します。

古代ギリシアは,ローマよりもずいぶん早くからその文明を開化させ,やがて地中海を支配下に置くにいたったローマ人たちもその進んだ文化を積極的に取り入れました。こうした経緯から,ラテン語には実に数多くのギリシア語が入っていったのです。

また「アリバイ」は英語ですが,元をたどればラテン語です。alibīと綴り,「他の場所で」が本来の意味です。もちろんラテン語として発音すれば[アリビー]です。

ラテン語はもはやネイティブスピーカーを持たない言葉ですし,ラテン語で意思の疎通をはからなければならない機会も,ごく普通の生活をおくる以上まずありません。その意味で実際上はあまり発音のしくみにこだわる必要はないとも言えます。しかしながら,欧米人にとっては悠久の歴史を経て先祖から受け継がれてきたラテン語ですから,私たち日本人はそのことに敬意を表すべく,きちんとした発音のしくみを知っておくことも大切ではないでしょうか。

2章 書き方と語のしくみ

ラテン語の個人名は実にバリエーションに乏しく,せいぜい20ほどしかありませんでした。そこで,最初の文字さえ記してしまえば,それがどういう名前か容易に判断することができたので,多くの場合,略号で記されます。

-torという語尾はラテン語でも「...する人」を表します。

-tionで終わる英語の単語に対応するラテン語は -tioという語尾を持っているのです。

英語にはmission, sessionなど,-sionで終わる単語もありますが,これに対応するラテン語の語尾は-sio です。

また,ラテン語は-tasで終わる名詞があります。(…)これらはすべて,英語の-tyで終わる名詞に対応しています。

小文字というのは時代が下ってから作り出されたもので,古代ローマ人たちは大文字しか持っていなかったのです。もっとも私たちが読むような通常のラテン語の文献はそのようなことはなく,現代語と同じような方針で小文字も用いられています。

小文字が誕生したのは,ローマ帝国の崩壊後で,6~8世紀頃だったと考えられています。

私たちの知るアルファベットは,遠くフェニキア文字にさかのぼり,そこからギリシア文字,そしてエトルリア文字という経緯をへて生まれた,3,500年もの長い歴史を持つ文字なのです。

  • Diēs Sōlis 太陽の日
  • Diēs Lūnae 月の日
  • Diēs Mārtis マルスの日
  • Diēs Mercuriī メルクリウスの日
  • Diēs Iovis ユピテルの日
  • Diēs Veneris ウェヌスの日
  • Diēs Sāturnī サトゥルヌスの日

マルス,メルクリウス,ユピテル,ウェヌス,サトゥルヌスはいずれもローマ神話に登場する神々の名前で,それぞれ戦いと農耕の神,商いの神,雷神,愛の女神,そして農耕の神です。

英語の Sunday は sunとdayからなっていること,Mondayの前半部は moonと関係することが分かります。他の曜日はこれらローマ神話にほぼ対応する北欧神話の神々の名がとられています。Tuesday,Wednesday,Thursday,Friday は,それぞれ軍神 Tyr,主神 Woden,雷神 Thor,愛の女神 Freya の日という意味です。

3章 文のしくみ

英語などの西洋語では,「…を」の働きをする単語は,たいてい動詞の右側に置かれますが,これらラテン語の表現ではいずれも左側にあります。ラテン語の語順とはいったいどのようになっているのでしょうか。/結論から言ってしまえば,面白いことに,ラテン語の単語は日本語の語順と大体同じように並べられます。

発音のしくみといい。今回見た語順といい。日本からはるかに隔たった土地で,そしてはるか昔に使われていたラテン語が,これほど日本語のしくみと似ているのです。日本語とラテン語はまったく別系統の言葉,つまり共通の祖先を持たない言葉ですが,ぐっと身近に感じられてきたのではないでしょうか。

ラテン語の名詞,形容詞,そして動詞において,それらが文の中で果たしている役割は,今「語のお尻」と呼んだ部分,言いかえれば,語尾の形を変えることで示されます。一見すると「難しい」ように見えますが,決して難しいのではありません。あえて言うなら「手続きが多い」のです。しかも,こうした「手続きの多さ」は,特にラテン語を「読む」ときに強い味方となってくれます。

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1章 区別のしくみ

ラテン語は男性,女性,さらに男でも女でもない性を区別する言葉だということです。

ラテン語の名詞には,父親や母親といった,意味的に性を特定できるもの以外にも全て性が割り当てられています。これはラテン語が生まれるはるか昔,ラテン語の祖先にあたる言葉が発達させたしくみで,この言葉の血を引くラテン語もそれを受け継いでいるのです。というわけで,私たちはこれをそういうものとして受け入れるより他にありません。

ラテン語の名詞は,この変化のしかたによって5つのタイプに分かれていますが,本書ではすでに挙げた-us型と-a型に絞って話を進めていこうと思います。

しかし,ラテンはこのis,ea,idを非常によく使います。/この「やっかい」というのは「しくみが見えにくい」,あるいは「不規則」と言い換えることができますが,不規則なものほど使用頻度が高いのが言葉一般の特徴です。

vīrus「毒」は中性名詞です。後者は「ウイルス」とほぼ正しい発音で日本語に取り入れられている面白い単語です。

ラテン語の名詞や形容詞の類は,語尾の形が変わります。そこで,代表形にたどり着けるようにすることがとても大切になってきます。このとき,長い単語であれば比較的容易にその正体をつきとめることができます。長いぶん,手がかりが多いからです。これに対して,短い単語はそうした手がかりが少ないので,この作業がとても難しいのです。しかしある程度習熟すれば,見ただけで分かるようになるのでご安心を。

2章 人と時間のしくみ

ラテン語の辞書は,動詞の場合,「私は」のときの形を見出し語にするのが慣例であることが分かります。本書もこの方針に沿って,「私」が主語のときの形を代表形とします。

不規則と呼ばれる動詞の数が現代語に比べてはるかに少ないのもラテン語動詞の特徴です。

この「誰かを明示しない」形は,ごくわずかの不規則動詞を除いて,-reという「お尻」を持っています。

「誰が」を表すのを「人称」と言うのに対して,そうした内容を持たないものは「非人称」などと言われます。普通の動詞と,こうしたー連の非人称動詞とを見分ける上で,ラテン語辞書の方針はとても便利です。普通は-ōの形が動詞の見出し語ですが,今回問題にしている動詞は必ず,この-t の形で挙がっています。

「ブルータスよ,お前もか」というフレーズは多くの人々に知られています。カエサルが刺容に襲われ絶命するときの台詞と言われています。この「ブルータスよ」の部分もこの形です。「ブルータス」は英語式発音で,本来はBrūtusです。この呼びかけの形は Brūte,「お前」はtū,「も」は「そして」の意味で覚えた etです。/Et tū Brūte!/これがカエサル最期の言葉です。

3章 「てにをは」のしくみ
4章 数のしくみ
  • 1 ūnus ウーヌス
  • 2 duo ドゥオ
  • 3 trēs トレース
  • 4 quattuor クワットゥオル
  • 5 quīnque クィーンクェ
  • 6 sex セクス
  • 7 septem セブテム
  • 8 octō オクトー
  • 9 novem ノウェム
  • 10 decem デケム
5章 実際のしくみ

ラテン語は完来,イタリアのローマにある,現在ラツィオ(ラテン語ではLatium)と呼ばれる場所に定住した民が用いた言葉でした。

参考図書ガイド

ラテン語の入門書です。平易なことばで書かれていてとても読みやすく,また古代ローマの文化に関するエッセイも盛りこまれています。

1952年に出版され,久しく絶版状態でしたが,めでたく復刊されました。著者は偉大な言語学者です。旧字体ですが,硬派に勉強したい人はぜひ。

ラテン語の生い立ちなどが詳しく紹介されています。ラテン語の歴史的および文化的背景を知ることができます。

また,最近はインターネットでラテン語に触れることもできます。

http://ephemeris.alcuinus.net/

ラテン語によるニュース配信サイトです。時事的な内容をラテン語で読むことができます。

http://areena.yle.fi/radio/1931339

フィンランドの国営放送局 YLEによるラテン語のニュースサイトです。ここはラテン語を読むだけでなく,聴くこともできます。

http://www.perseus.tufts.edu/

古典作品が収められています。まだ網羅されているとまではいきませんが,オンライン辞書などのツールも充実しています。

ラテン語のしくみ 新版 | NDLサーチ | 国立国会図書館