Dribs and Drabs

ランダムな読書歴と音楽にまつわる備忘録

清野智昭『ドイツ語のしくみ』白水社

単語とか文法とかスウェーデン語に似てるとこあるなぁと思った。同じゲルマン語だからそりゃそうなんだろうけど。ということでドイツ語がぐっと身近に感じられた。

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ドイツ語について,みなさんはどのようなイメージを持っているでしょうか? 一般には,「堅い」とか「難しい」とか思われているようです。「堅い」と感じるのは発音の切れ目がきちっとしているからでしょう。しかし,これは私たち日本人にとっては実はありがたい特徴です。英語のようにはやく話されるとどこが切れ目かわからなくなるといったことはほとんどありません。また確かに,ドイツ語は英語と異なる点が多く,それが「難しい」と感じられる理由なのでしょうが,「しくみ」を理解してしまえば,かえってわかりやすいと言えます。

1章 文字と発音のしくみ

ドイツ品は原則としてローマ字読みです。ですから,Nameは[ナーメ],Peterは[ペーター]と読みます。「ネイム」や「ピーター」ではありません。最初のHalloは[ハロー]。英語はhelloで[ヘロー]という感じですが,ドイツ語のaは大きく口を開けて[ア]と言えば大丈夫です。 istは[イスト]。英語のisに相当します。

英語では自分からの距離でthis 「これ」とthat「それ」を使い分けますが,ドイツ語のdasは距離に関係なく使えます。

昔の学生はドイツ語をよく勉強していたので学生用語にもドイツ語は入っています。 Sprechchor「シュプレヒコール」は学生運動の時によく叫ばれていました。また,お金がないことを「ゲルピン」なんていいました。Geld「お金」がピンチ,というなんだかわけのわからない言葉ですね。

ドイツ語の話は基本的に最初の母音(a i u e o ä ö ü)にアクセントがあります。

次に,母音の長さを見てみましょう。母音は次の子音が一つのときは長く,二つ以上のときは短く発音されます。ただし,アクセントのない母音は後ろの子音がたとえひとつでもふつう短く読まれます。

日本は東京が首都になり,その言葉をもとに「標準語」が作られましたが,ドイツでは首都ベルリンの言葉はむしろ強い方言です。ドイツの「標準語」は,通商上の必要性から15~16世紀からだんだんとできていったのですが,ルターの新約聖書のドイツ語翻訳が決定的な影響を与えました。現在,「標準語」に最も近いとされるのが中部ドイツのHannover「ハノーファー」のあたりの言葉です。

2章 書き方と語のしくみ

ドイツ話では名詞(物や人の名前を表す語)はすべて大文字で書き始めることになっているのです。

日本人の姓は地名に由来するものが多いのですが,ドイツ人の姓は職業名が多いのが特徴です。Muller「粉ひき」,Schmidt「鍛冶屋」,Schneider「仕立て屋」,シュナイダー,Fischer「漁師」となっています。

理論的には,合成語はいくらでも長くすることができます。ですから何がドイツ語で一番長い語かと言われても困るのです。「ものすごく長い語」としてよく引き合いに出されるものをここで見てみましょう。/ Donaudampfschleppschifffahrtgesellschaftskapitän/ドナウ川蒸気曳航会社船長/これは,Donau「ドナウ川」+Dampf「蒸気」+schlepp「引っ張る」+Schiff「船」+Fahrt「航行」+ Gesellschaft「組織・会社」+s+Kapitän「船長」となんと7つの語が組み合わさってできています。ただ,本当にこんな会社があるのか私は知りません。

ドイツ語はオランダ語や英語と共通の先祖を持っています。英語は,もともと5世紀初頭にアンゲル人(Angel)とザクセン人(Sachsen)(=英語ではアングロ・サクソン)がドイツからブリテン島に渡った時に話していた言葉がもとになり,それにヴァイキングの言語やフランス語が影響してできあがりました。ですからドイツ語と英語は兄弟の関係で,この二つの言語には共通した語が多くみられます。

よく使われるのが,-chenという接尾辞。これは小さいものを表すときに使い,人名に付けると日本語の「~ちゃん」とほぼ同じ意味になります。

3章 文のしくみ

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1章 区別のしくみ

同じ「太陽」を表す名詞でもドイツ語の Sonneは女性ですが,フランス語のsoleilは男性,逆に「月」はドイツ語がMondで男性,フランス語がluneで女性です。フランスでは太陽はぎらぎらと男性的に照りつけるのに対し,緯度の高いドイツでは弱々しく照っているので女性なのだ,などというまことしやかな説も耳にしたりしますが,まあ嘘ですね。

電子メールのことをドイツ語でも英語をそのまま使ってE-Mail(ドイツ語では大文字で始めます)といいますが,この単語の性ははっきりしません。この言葉が使われだした頃は中性名詞にしていた人が多いのですが,最近では女性名詞として使われることが多くなっています。Dudenというドイツで最も権威のある辞書では女性名詞と中性名詞となっています。このように性が確定していない名詞もそれなりの数存在します。ほかの辞書では女性名詞とだけ載っているものが多いようです。

「ドイツ」の場合は,deutschという形容詞がもとになっています。ちなみに,歴史的に言うとこれはもともと「我々の,当地の」を表す言葉でした。ですから,Deutschlandは「わが国」という意味なのです。また,「ドイツ人」というときも,この形容詞をそのまま使います。

2章 人と時間のしくみ

ドイツ部の期間の旅本形は必ず-nで終わります。さらに。95パーセン人以上は-cnで終わります。辞書で動詞を調べるときは,この基本形に直さなければいけません。

ドイツ語には英語の「現在進行形」にあたるものはありません。ですから,Sie arbeitet.が「彼女は働く」にも「彼女は働いている」にもなります。

Sie「あなた,あなた方」は,もともと3人称複数のsie「彼ら」です。そのため動詞の形はそれと同じになっています。「あなた」に向かって「彼ら」と言うのは変な感じですが,ヨーロッパの言葉は,敬意を表すために,本来の人称でないものを使うことが多いので,ドイツ語だけが特別というわけではありません。

ドイツ語の特徴として,動詞が2番目という規則さえ守れば,文の最初が主語でなくてもいいことがあります。たいていなんでも最初に持ってくることができます。

ドイツ語の動詞の中には英語のget upのように,他の要素(up)と動詞(get)が結びついて,一つのかたまりになっているものがあります。たとえば,aufstehen「起きる」は,aufという部分(英語のupに相当)とstehen(英語のstandに相当)という部分から成り立っています。前半を「前つづり」,後半を「基礎動詞部分」と呼んでいます。英語と違うのは,動詞の部分が後ろにあることと,書くときはこの二つの部分をつなげて,つまり,1語としてつづることです。このようにあたかも二つの部分に分離するように見える動詞を「分離動詞」と呼びます。でも,これは動詞が分離しているというより,基本形の段階でつなげて書いているだけなのです。ですから,分離動詞とは書き方の問題ともいえます。

ドイツ語では,動詞と密接な関係にある要素は文末にきます。前つづりは最も密接な要素だというわけです。

ドイツ語にはあり得ないことを専用にいう動詞の形があります。それを「接続法II式」といいます(II式という以上,I式もあるのですが,それはあまり使わないので今は覚えなくて結構です)。

ドイツ語の動詞は,最初,第2番目,最後の3つの位置に現れます。文の種類によって,動詞の位置が変わるのがドイツ語のとても大切なしくみなのです。

3章 「てにをは」のしくみ

男性名詞では,定冠詞の形が主語のときはderで,目的語のときはdenとなり,役割によって定冠詞が異なります。女性名詞に付く dieと中性名詞に付くdasの形は変わりません。

主語となる形は「1格」,目的語になる形は「4格」と呼ばれます。(…)では「格」とは何でしょうか。「格」のことをドイツ語ではKasus またはFall,英語ではcaseといい。「場合,ケース」を意味します。名詞が文中で果たす役割を表すために,ギリシア,ラテン語文法から使われている用部です。日本語でも「場合」と訳した方が分かりやすいのでしょうが,最初に訳した人が格好をつけたのでしょうね。

格を数字で呼ぶのはドイツ語業界だけの慣習で,一般言語学的には1格を主格,2格を属格,3格を与格,4格を対格と呼びます。また,英語文法に対応させると1格が主格,2格が所有格,3格が開接目的格,4格が直接目的格となりますが,英語では間接目的語と直接目的語は形の上では区別がありません。ドイツ語はこの二つを前に付く冠詞や形容詞などでわかるように区別しているというわけです。

形容詞は冠詞などがしるしを付ける役割をするときは省エネモードになり,他がちゃんとしるしを付けてくれないときは仕事モードになって,自らがその任務を引き受けるということでした。

このように静止状態を表すとき3格を,方向を表すとき4格を取る前置詞は全部で9つあり,すべて基本的な位置関係を表します。(…)動いているかいないかの区別はドイツ語ではとても重要なのです。

Es zieht./すきま風が入り込んでいる。/もとの形 ziehenは「引っ張る」,「移動する」など用法が多い動詞ですが,esとともに使われると,風が入り込む状態を表します。なぜこの表現がよく使われるかといえば,ドイツ人は風が入るのが大嫌いだからです。

精神分析の始祖とも言えるフロイトは,自分自身で捉えられない無意識の世界をEs「エス=イド」と名づけました。こうしてみると,esを使った表現が段々と少なくなっているのは,ドイツ語という言語が無意識的なものよりも人間の自我を前面に出す表現を好むようになって来たからだと言えるのではないでしょうか。

4章 数のしくみ
  • 0 null ヌル
  • 1 eins アインス
  • 2 zwei ツヴァイ
  • 3 drei ドライ
  • 4 vier フィーア
  • 5 fünf フェンフ
  • 6 sechs ゼックス
  • 7 sieben ズィーベン
  • 8 acht アハト
  • 9 neun ノイン

ドイツの通貨はユーロです。発音はドイツ語読みするので[オイロ]ですよ。euは[オイ]。

5章 実際のしくみ

ドイツにはフランクフルトという都市は2つあるのです。国際空港があり,私たちになじみがあるFrankfurt am Main「マイン川沿いのフランクフルト」と旧東ドイツ地域にあるFrankfurt an der Oder 「オーデル川沿いのフランクフルト」です。名前が同じなので流れている川で区別するのです。

フルネームはLudwig van Beethoven, ドイツ語の原音になるべく近くカタカナで書くと,ルートヴィヒ・ファン・ベートホーフェンです。

この「第九のしくみ」を書くにあたって矢羽々崇著『「歓喜に寄せて」の物語 シラーとベートーヴェンの『第九』』(現代書館)をじっくり読んだのですが,それで初めて知ったことが色々あります。シラーの「歓喜に寄せて」には最初に発表されたときにすでに友人ケルナーによって曲がつけられていたこと,さらにこの詩の人気が高く,なんと50名以上の人が曲をつけていて,酒を飲むときによく歌われていたこと,シラー自身は20代に作ったこの詩を40代になったとき批判的にみていたことなどです。とても良い本なので興味のある方は是非読んでみてください。

中級から上級を目指す方はぜひ独独辞典を買っていただきたいものです。とはいえ,先ほど紹介したDudenをいきなり使い始めるのは大変です。そこで私がお勧めするのが,この写真の辞書。Langenscheidt社から出ているGrossörterbuch Deutsch als Fremdsprache(外国語としてのドイツ語大辞典)です。これはドイツ語の単語をドイツ語で説明してある独独辞典ですが,外国人のドイツ語学習者用に作られているので,説明が親切でかつ簡単なドイツ語で書かれています。単語を引いているうちに自然と読解力が身につき,ドイツの事情にも詳しくなりますよ。

参考図書ガイド

ドイツ語の文法事項を単なる羅列ではなく,そのしくみを十分に理解してもらおうという意図で書かれた文法ハンドブックです。著者の一人が私自身なので,ちょっと言いにくいのですが,わかりやすく書けていると思います。

ドイツ語の文法がコンパクトに,かつ,正確にまとめられています。まさしく「必携」と言える参考書です。ドイツ番を勉強して,ちょっとわからない文法事項が出てきたら,まずこの本でその部分を読めばたいていのことはわかると思います。ドイツ語文法の本をどれか1冊だけ買うなら,私が書いた本よりこの本を買ったほうがいいと思いますよ。

ドイツ語の初級文法を一通り終えた方,あるいは,長年ドイツ語をやっていても何かすっきりわかった気がしないという方に,「ドイツ語とはこういう考え方をする言語ですよ」ということを私なりに説明した本です。この本と同程度の内容を作文の参考書にしたのが『しくみが身につく中級ドイツ語作文』です。よろしければお読みください。

ドイツ語のしくみ 新版 | NDLサーチ | 国立国会図書館