Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

黒木登志夫『新型コロナの科学:パンデミック、そして共生の未来へ』中央公論社(中公新書)

「新型コロナの科学」と謳いつつ,そこにあるのは事実の羅列と主観と,そして「PCR検査を拡大せよ」というポジショントークであった.

なんか,冒頭で山中慎介の「推薦の言葉」を目にしたところで嫌な予感がしたんだけど,読み進めるうちにその予感は的中していく.

中学のいじめっ子がそのまま大統領になったようなトランプ大統領は,新型コロナウイリスを「中国ウイルス」と呼んだ.あだ名をつけることにより,大統領はアメリカ国内でアジア系の人々への差別をあおった.

とかね,「あだ名をつけること」と「アジア系の人々への差別」とか科学的に因果関係が示されているんですか? ってのはまだいい方で,なんとも文章全体に加齢臭が漂っているというか,

正直に言うと,私は「経験なき医師団」(MSE: Médecins sans expérience)の一員である.臨床知識と技術に問題はあるものの,医学的センスはそれほど悪くないと自分では信じている.

とか,

サイトカイン・ストーム(嵐)である.「嵐」の訳者はあの5人組だけではない.たくさんのサイトカイン,免疫細胞が加わり,収集がつかなくなる.

とか,はいはいおじいちゃん嵐を知っててすごいですねー.

武漢からチャーター便で帰国した人たちに関する記述で,

ホテルに監禁されている帰国者を慰めるために

「監禁」じゃないだろう.こういう言葉づかいをする人の言うことは信用できないのである.

私の単純な理解では,感染症対策の3本柱は次の三項目である.①感染源の同定 ②感染者の同定 ③感染者の隔離(必要があれば)

このへんなんかも,「単純な理解」って謙遜しているようでいて,実は「こんなの単純なんだから説明する必要ないだろ」っていう傲慢さが透けて見えるのである.そして著書はその帰結のひとつとして,とにかくもっともっとPCR検査をせよと主張する.挙句の果てには,「私の独断と偏見に基づき,日本の対応のベスト10とワースト10をそれぞれ挙げてみる」ときた.「科学」を謳う人は「独断と偏見」などと言ったりすべきでない.

著者がPCR検査の拡充を主張するのは,無症状者からも感染が広がるということに加えて,「個人の安心・安全でははく社会の安心・安全を確保するため」だという.そしてその「社会の安全・安心」とは「フグ料理を安全に安心して食べられるための条件と同じなのだ」ときたもんだ.

もちろんこんな著者にとって「ワースト10」の最初に来るのはPCR検査で,「コロナと生きる時代に必要なのは,PCR検査の徹底により社会の安全と安心を保証することである.」と書いている.要するに,タイトルにある「共生の未来」っていうのは結局「いつでもどこでもPCR検査が受けられる」(これが世界では標準なんだと)体制を作ることが大事だって話になってきて......なんかもう「独断」の塊だな.

あと164ページに「Ⅰ兆7000億円」ってあるけど,あきらかに誤字.

498.6