Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

伊東順子『韓国 現地からの報告:セウォル号事件から文在寅政権まで』筑摩書房(ちくま新書)

面白くて一気に読んでしまった。

本当にタイトル通りで「韓国,現地からの報告」だし,それがカバーするのは「セウォル号事件から文在寅政権」までの時期(つまりはここ6-7年)だし。

何が面白いかというと,この圧倒的な「現地感」で,たとえば朴槿恵(パク・クネ)の一連の不祥事に対して街の人たちが今までにないぐらいに怒っているという話で,

それを感じたのは,JTBCのスクープから五日後の一〇月二九日,偶然に入った町内の美容院だった。六〇代後半の美容院さんとそこに集う恒例の常連さんたちは,みんな怒っていた。まさに口から泡を飛ばして怒っていた。まだ怒り足りぬというように,この数日間の怒りを復唱していた。「ムーダン(巫堂,韓国のシャーマン)に操られる国」「あんなひどい女に」「せっかく選んでやった大統領が」「父親が泣いている」

もちろんこういうの,「少ないサンプル数の意見じゃん」と切り捨てることは可能なんだけど,特に最近「データとファクトに基づいたうんちゃら」ってな本をいくつか読んでいるので,こういう市政の情報はとても新鮮に感じる。

セウォル号事件でも,「事故を起こした船舶会社に限らず,韓国で非正規雇用のち銀はとても安い。その人たちに「責任感」を求めるのは無理だと,街の食堂レベルでも思うことが多い」ということで,そこで視線が街の食堂で働く女性たちに向けられる。

著者は編集・翻訳業を営んで,長らく韓国で暮らしているようだが,「日本のメディア(特にテレビ)で語られる韓国と,実際との韓国とに『ズレ』がある」のをよく感じているという。

セウォル号事件から1年が経ったタイミングで執筆を依頼され,今さら何を書けばいいのか,そもそも書く価値がある寝たなのかと迷う著者が,結局書く意義を見出したのも,その「ズレ」だ。

「印象のずれ」があるのを感じる。どうも彼ら(注:日本の大手メディア)が伝える,つまり日本で報じられる韓国の様子が,現地で感じるものと違う気がするのだ。〔中略〕切り取られる映像や少ない字数内にまとめられる報告の,その背景に何倍もの分量の日常がある。それを知る現地在住者は,多少なりとも「ずれ」を補正できるかもしれない。

ってな感じで,読みすすめるうちに,自分の中の「ズレ」が少しずつ補正されいくのを感じたのである。

あ,あと印象的だったのが,息子が入隊しているという女性のエピソード。

「入隊の前は泣いてばかりでした。特に入隊から数日後に軍用郵便で,息子が着ていった服が全て送り返されてきた時はつらかった。その日は,さすがの夫も優しかったです」

著者はこうつなげる。

「とにかく無事に除隊してほしい」というのが,全ての親たちの気持ちだろう。そのためには南北の衝突だけは絶対におきてほしくない。「息子を軍隊に入れている親こそが,一番平和を望んでいると思います」それを思うと,文在寅政権が何よりも南北関係を優先するのも,理解できるのだ。

これを読んで,井上達夫の本を思い出した。

302.21

韓国現地からの報告 : セウォル号事件から文在寅政権まで (筑摩書房): 2020|書誌詳細|国立国会図書館サーチ