Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

バラク・オバマ『約束の地 上:大統領回顧録 1』集英社

本を読むのは他人の人生を体験することだ,みたいなことを誰かが言ってたと思うけど,アメリカ合衆国大統領という唯一無二の職についた人間が書いた自叙伝には,さまざまな「人生」が出てくるし,そのすべてに多かれ少なかれ自分を重ね合わせることができる.

バラク・オバマ.ハワイ出身の楽天家.希望と理想とを胸に懐き,いつしかアメリカ合衆国大統領に就任する.そんな彼も,妻ミシェルに家事と育児とを押し付ける自分の姿に苦悩し,仕事の合間には子供たちと時間を過ごし,そしてその時間を貴重なものだと思い,また激務の合間には故郷のハワイに戻って病気の祖母を見舞い,そして二度と彼らぬ自らの穏やかな過去に思いを寄せる.

ミシェル・オバマ.ある意味でバラクより有能で堅実で現実的.配偶者の夢をサポートしたいと思い,一方でそのために自らは何かを犠牲にせざるをえなく,そこには「女性性」「女性としての理想像」という幻想/慣習/周囲の目がつきまとう.よくある家庭内での役割分担/パワーバランスの話.

あるいは,バラクが心を寄せる名もない人々.日々を精一杯生き,真面目に働き,夢や希望を持つことすら「贅沢品」のように思われる人たち.あるいは任務を実直に遂行し,負傷してなお愛国心と大統領への経緯を欠かさない米軍の人たち.

あるいは共和党議員.献金元に頭が上がらず,票を失うことを恐れ,建設的な議論をせず,党派的な動きに終止する.

そういった数多くの「人生」が登場する本書でもうひとつ注目に値するのは,ドナルド・トランプ大統領の出現を予言するかのような,アメリカの病,「分断」が描かれていることだ.その象徴的なシーンは,サラ・ペイリンがマケインから副大統領候補に指名されたところ.

外国人嫌悪,反知性主義,陰謀論への偏執,黒人をはじめとする非白人層への嫌悪――現代の共和党において長らく辺縁に押し退けられていた悪霊が,ペイリンを通じて舞台の中心に躍り出る道を見出したかのようだった.

問題はそういった「悪霊」だけじゃない.メディアの問題もある.

ペイリンの指名には,より深刻な問題もあった.共和党支持者の大多数が彼女の支離滅裂さを問題史しないことは,最初から察しがついた.実際,ペイリンが記者たちの質問でぼろぼろになると,その出来事自体がリベラル派の陰謀の証拠とみなされることが半ば定番化した.

アメリカの大統領選挙のしくみは複雑で難解だ.でもこの本を読むと,その困難さが理解できる.あるいは体感できる.

民主党の候補者指名争いでヒラリーたちと行った討論は,複雑な競技のように感じることが多かった.細かな違いを論じ合い,実質的な差のないところでポイントを稼ぎ合っていたからだ.しかし,マケインと私のあいだには実質を伴った深い違いがあり,どちらが当選するかは数十年先にまで影響を及ぼし,数百万人,数千万人,あるいは数億人がその恩恵や損害を受けることになる.

この感覚を「アメリカの驕り」と感じるだろうか? あるいは「厳然たる事実」と捉えるべきだろうか? 当然後者なんだろう.そういったアメリカの役割,存在意義,世界に及ぼす影響力について内省的に検討するところで,この上巻は終わる.

312.53