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デイヴィッド・エンリッチ『スパイダー・ネットワーク:金融史に残る詐欺事件――LIBORスキャンダルの全内幕』ハーパーコリンズ・ジャパン

LIBORに〈不正〉があって廃止されたことは知っていたけど,まさかこんなことだったとは思いもよらなかった。いちばん驚いたのはLIBORが――金融市場のあちこちで使われている指標であるのにも関わらず――これほどまでに〈適当〉に決められていたこと。

その〈首謀〉という扱いになったひとりのトレーダー,トム・ヘイズを中心に〈スキャンダルの全内幕〉を描いていくんだけど,膨大な資料――張本人へのインタビューも含む――をもとに臨場感あふれるかたちで描写されている。『倒壊する巨塔』でも思ったけど,このへんはアメリカのジャーナリズムの底力を感じる。

LIBORを操作して収入をかさ上げするやり方は,ヘイズが思いついたものではない。それでも,彼はその手法を別の次元で実践し,そしてその倫理観にもとる行動が,何も知らない人たちに及ぼしうる被害にはまったく無頓着だった。そして当初はそのおかげで,金融というとりわけ稼ぎのいい業界のエリート層に昇り詰めることができたが,わたしと会った時点では,そのせいで三つの大陸の規制当局と検察当局に追い込まれていた。当局は,大量破壊の戦犯を躍起になって捜していた。

トム・ヘイズはまさに〈戦犯〉あるいは〈スケープゴート〉といったかたちになって,ひとりババを引いた格好だ。トム・ヘイズなる怪物を生んだのは,金融業界のカルチャー,慣習,組織,あるいは当局の体たらく,そういったものだ。もちろん,著者はヘイズおよびその妻と密接に関係を築き,それをもとに本書を著わしているわけで,読者がそういう印象を持つのは当然といえるわけだが。

事件を調べるなかで出会ったほぼ全員が,ヘイズと似た欠陥を抱えていた。数字と利益に執着し,自分が成果を上げるために他者を道具として利用した。負けている人々は犠牲者ではなく,食いものにされて当然のカモだと思い込んでいた。そして調べれば調べるほど,ある意味でヘイズ自身が食いものにされた側,金融業界全体の無秩序で無謀な振る舞いの全責任を負わされた不幸な男だと思えてきた。ヘイズの物語,そして彼を駆り立てた金融機関と業界の人間たちの物語が教えるもの,それは銀行業界が醜聞まみれで,その悪評をいつまでも払拭できない要因だ。

ここでいう〈銀行業界〉には,銀行内部のシニアマネジメント層やトレーダーばかりではなく,トレーダーに巣くうブローカーたちも含まれる。このブローカーたち,知性と倫理感には欠けるがコミュニケーションの能力には長けているという人々で,まぁなんとも……。

本書に何度も登場するビショップスゲート警察署。なんとも懐かしい……。

338.13

スパイダー・ネットワーク : 金融史に残る詐欺事件-LIBORスキャンダルの全内幕 (ハーパーコリンズ・ジャパン): 2020|書誌詳細|国立国会図書館サーチ