Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

ドン・マントン, デイヴィッド・A・ウェルチ『キューバ危機:ミラー・イメージングの罠』中央公論新社

『国際紛争』で存在を知ったこの本。

本書を執筆した動機には,一九六二年のキューバ・ミサイル危機を扱った著作のうち国際関係論の入門的な授業で使え,読みやすくて最新の研究成果を織り込んだものを見つけるのに,我々著者がともに苦労していたことがあった。もちろん,キューバ危機に関して書かれた著作はあまたあるが,大方の研究所は分厚すぎ,論文は狭い範囲に焦点をしぼった専門的なものがほとんどだった。そして,ほぼすべての著作に事実関係の誤りが見られた。/そこで,重要なテーマや微妙なニュアンスを十分にとらえる程度には詳細でありながら,数時間で読み切れて理解できる程度に短くて興味深く,しかも最新の研究成果を織り込んだキューバ危機の全体像を記した概説書が,学生に必要ではないかと感じた。

まさにこの通りの内容に仕上がっている。キューバ危機に関する本を手に取るのは初めてだったが,それが本書で幸運だったとつくづく思う。

日本の読者がキューバ危機に興味・関心を持つべき理由として,著者は以下のように述べている。

キューバ危機は誰にとっても色あせることのない教訓を提供してくれ,とりわけ隣国から敵意や猜疑心を向けられている国にとってはこれがよくあてはまる。しかも,歴史的な不満を延々と抱えている核兵器保有国がある地域にとってはなおさらのことである。

さらに著者は,「重要な教訓は二つある」という。それは,「まず,敵意や猜疑心,相互の誤解によって,実利的にはどちらかというと些細な紛争が,破滅的で実存的な一題問題へと発展してしまう可能性がある。次に,おそれと怒りを抱える状況では,指導者は認識や判断を誤ったり,過剰な攻撃的反応をしたりといった具合に,さまざまな失策をおかしがちである。キューバ危機のぞっとするような歴史には,以上のような過誤の証拠が豊富に見られるのである」。

サブタイトルの「ミラー・イメージング」とは聞いたことがない言葉だった。

アメリカ,ソ連,キューバの三ヵ国の指導者が自らの歴史的視点や経験に深く根差した認識・判断によって行動し,相手の経験や認識が重要な点でまったく異なるのをほぼ忘れていたことである。三人とも勝手に自分の姿を相手に投影し,相手も自分と同じように世界を見ているだろうと思いこみ(ミラー・イメージング),自らの行動がいかなる結果を引き起こすか,また相手がどう反応するかを読み誤った。つまり,一九六二年の段階では相手の立場に身を置いて考えようとする「共感」が不足していたのである。

具体的には,

ミサイル基地の建設が早期に発見されるリスクをフルシチョフが過小評価したのは,ミラー・イメージング,希望的観測,意図的怠慢が理由だった。こういった態度の根底には,秘密配備が失敗するはずがないという,一か八かの独りよがりの心理があった。ケネディはケネディで,フルシチョフが危険をおかしてでもミサイルをキューバに持ち込むとの可能性を過小評価した。というのも,そうした賭けがフルシチョフにとって魅力的であると想像できなかったか,あるいは,たとえフルシチョフがそう思ったところで,彼自身の行動によりケネディがどれほど難しい立場に置かれることになるか見誤るはずはあるまいと考えていたからである。

ということになる。そしてカストロの存在がある。

もしアメリカ・キューバ関係史がちがったものだったら,フィデル・カストロが権力の座につくということなどありえなかったかもしれないし,その座についたとしても,アメリカとより友好的な関係を持つことになったかもしれない。まさにカストロとアメリカの対立が,ソ連につけいる隙を与えたのである。これにより,ソ連は西半球の新興社会主義国を保護しようとし,また核戦力でアメリカに劣る面を挽回するためキューバの地理的位置を活用しようとした。すなわち,カストロとアメリカの対立がなければ,アメリカが〔西半球で〕対抗すべきソ連の挑戦などは生じていなかったはずである。このため,キューバ危機が起こるに際して,カストロはかなり重要な役割を担った。

そのカストロも,国内をまとめあげるにあたって「政治的打算に抜け目のない彼が歴史を都合よく利用し」たそうで,共産主義をイデオロギーとして心から受け入れたのかそれとも表層的にそういうフリをしていただけなのかは「判明することはまずないだろう」と記されている。

「米ソは,キューバへの核ミサイル配備をめぐって正面衝突のコースに入ったが,三国の指導者は誰もそうなるとは思っていなかった」そうで,

  • ケネディは,アメリカが確実に「攻撃的」核兵器とみなすはずの代物を自宅の裏庭にこっそり運び入れようとする無茶を,フルシチョフがするとは想像だにしなかった。〔中略〕同時に,フルシチョフとてそれくらいわかっているはずだと誤った判断をしてしまったのでらう。また,ケネディはフルシチョフの直面するさまざまな苦境を理解しなかったし,彼が一度考えに憑かれるとどれほど強引になるかをよく認識しなかったため,ミサイル配備を想像できなかった。
  • フルシチョフも似たようなものだった。身動きできない状況で視野狭窄に陥り,しかもろくな助言を受けなかった彼は,自分の打った先手にケネディがどう応じるかを真剣に理解しようとはしなかった。フルシチョフは,ケネディと国際社会の双方にとってはミサイル配備の手続き上の合法性や,トルコへのアメリカのミサイル配備との対照性(とフルシチョフは理解した)こそが重要なのだと考えすぎていた。
  • カストロもアメリカの意図を誤認し,ミサイル配備により何が生じうるかを熟慮せず,手近にあった最良の助言を無視した。彼は完全にフルシチョフと共犯関係にあった。ミサイル配備は感情に訴える魅力が大きかったこともあり,彼がこの計画を批判的かつ真剣に精査することはなかったようである。キューバの地にソ連の核兵器を設置すれば,史上初めて,キューバは宿敵アメリカと同等に渡りあえるようになるだろうとカストロは信じた。

ということだ。

そのミサイルをキューバに秘密裡に運ぶさまがまた滑稽で,いかにもソ連らしい。キューバに向かう船は秘密保持のために念入りに擬装され,「士官,乗組員,乗客らは積み荷の搬入開始後は外部との接触が断たれた。〔中略〕洗浄のソ連兵は日が出ている間デッキへ出ることを許されず,船内の残酷な暑さとすし詰め状態に耐えなければならなかった。体調不良者が多数出て,中には死亡した者もおり,亡骸は海へ葬られた」。キューバに着いてからも,「ミサイルを運搬するトレーラーはあまりに長大すぎて,キューバの道路をうまく曲がれなかった。通過にあたっては電柱をなぎ倒し,明白な痕跡を残してしまった」。さらに「戦略核ミサイルそのものは常に覆いをかけられていたが,その覆いのサイズが完璧なまでにぴったりだったため,上空から写真を撮られた際には大きさからして何が隠れているのかばれてしまった」。

キューバへのミサイル配置を知ってケネディは怒ったが,その後冷静さを取り戻した。

少し前に,バーバラ・タックマンの新著『八月の砲声』を読み終わっていたのである。この本は,無知,誤断,否認,根拠のない自信,そして取り返しのつかない行動があいまって,ヨーロッパ各国の指導者が意図に反して第一次大戦へ足を踏み入れた過程を詳らかにしたものである。

319.53038

キューバ危機 : ミラー・イメージングの罠 (中央公論新社): 2015|書誌詳細|国立国会図書館サーチ