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ランダムな読書歴に成り果てた

小泉悠『「帝国」ロシアの地政学:「勢力圏」で読むユーラシア戦略』東京堂出版

ちくま新書の『現代ロシアの軍事戦略』は,著者のオタク的興味関心が詰まったーーそういう意味では好みが分かれるーー本であったのに対して,こちらはしかめつらしいタイトルとは裏腹に,広い読者にアピールする内容となっている。平たく言えば,「ロシアって何なの?」という漠然とした疑問に答えてくれるのが,こっちの本だ。

いろいろなものを読み解く上で大前提となるのが,ロシアにとっての〈主権〉あるいは〈主権国家〉というもの。これは,西側諸国の人々が思い描く〈主権〉とは違って,ごく限られた国ーーつまり他国に依存しないで防衛・外交を進めている国ーーだけが,ロシアにとっての〈主権国家〉だというのが,著者の主著だ。

ということで,われわれ日本人にとっていちばん関心があるのは北方領土問題なのだが,日本人はそれを〈点〉として捉えがちなのに対して,ロシアとっては広大な〈面〉の中の一要素でしかないという点。さらに上記のように日本はロシアにしてみれば〈アメリカの属国〉であって〈主権国家〉ではないわけで,仮に北方領土を日本に引き渡したとなればそこにアメリカが軍事基地を設置する可能性は当然存在するーー日本がどれほどロシアに〈約束〉をしたとしてーー,というのがロシア側の理屈になると。さらにロシア(あるいはプーチン)にしてみれば,時間が経てば経つほど元島民の数が減っていくのは自然の理であり,そうなれば日本側の返還要求の機運も下がることはあっても上がることはないだろう,ロシア側はそういうことも視野にいれているだろうとのこと。

サブタイトルにある〈勢力圏〉という話でいうと,ロシアそのアイデンティティに悩んでいると。つまりソ連時代は〈社会主義〉というイデオロギーがあってそれが求心力になっていたけれど,そういうタガが外れた今,何をもって〈ロシア〉と規定するか,その苦悩は国家の歌詞にも現れていると。そこでロシアにしてみれば「(民族的な意味で)ロシア人がいるところが(広い意味での)ロシア」という話になるんだけど,ソ連時代にロシア人がその領土内の各地に入植したものだから,ウクライナでもバルト三国でも少なくない割合でロシア人住民がいるという話になり,そうなればロシアにしてみればそこにR2P(respoinsibility to protect)が発生する,という理屈になるんだと。

312.38

「帝国」ロシアの地政学 : 「勢力圏」で読むユーラシア戦略 (東京堂出版): 2019|書誌詳細|国立国会図書館サーチ