リスクマネージャーの職務を語る上で,入口としてのブローカーと出口としてのキャプティブは,切っても切れないものだということが分かった(いまさらですみません)。あと人材の件ね,どなたかが書かれていたけれど,社内人材・社外人材(保険会社からの出向)どちらにしてもメリットデメリットあるので,うまく組み合わせるのが現実的なんでしょうね。
はしがき
本書は,その業務内容や役割だけでなく,名前すら馴染みの薄い「リスクオフィサー」「リスクマネージャー」「保険リスクマネージャー」の業務内容や役割を紹介することを目的とします。本書では特に,「リスクオフィサー」の中でも,企業保険をリスクマネジメントのツールとして活用することが期待される「保険リスクマネージャー」の観点から,手を広げすぎず,具体的な業務内容を掘り下げて紹介します
第1章 日本企業を取り巻く環境変化と企業リスクマネジメントの役割
近年では,株主構成の変化やコーポレート・ガバナンス改革,グローバル化の加速など,日本企業を取り巻く環境が大きく変化しつつあります。特に,従来のメインバンクや安定株主などの存在感が低下し,外国人投資家や機関投資家の発言力が大きく増すなか,「暗黙のセーフティーネット」の機能が低下しつつあります。その一方で,テロや環境問題,情報セキュリティや風評被害の問題など,企業が直面するリスクは,より多様化,高度化,複雑化する傾向にあるのも事実です。戦後の日本経済の特徴でもある「暗黙のセーフティーネット」に盲目的に頼ることができない時代に入ったからには,日本企業には,より主体的・能動的なリスク対応が求められます。そうであるならば,日本企業のリスクマネジメントのあり方にも大きな変革が求められるはずです。
企業保険(Commercial Lines)が対象とするリスクの種類は多様であり,リスク実態に応じて特殊なカバーを設計するなど企業ごとの個別性も高く,その内容も専門的です。したがって,個々の企業のリスク特性に応じた危険選択や保険料算出といったきめ細やかなアンダーライティングが求められるため,その流通機構においても,ユーザーである事業会社と「緊密な関係」を前提とする仕組みが採用されています。/ただし,その「緊密な関係」の中身は,欧米と日本とでは大きく異なります。例えば,欧米では,特に大企業分野を中心に,保険ブローカーを通じた保険手配が行われる実務が一般的です。すなわち,企業に所属するリスクマネジメントや保険手配の専門家であるリスクマネージャーが保険ブローカーなどを活用することで,保険会社に対して自社に適した保険サービスを適切な保険料(価格)で入手することになります。これに対し,日本では,企業が自社グループ内に有する保険代理店(子会社や関連会社)や,自社が取引を行う金融機関(銀行)の親密保険代理店などを通じて,保険手配を行うことが多いといわれています。
日本の大規模企業を対象とするサーベイ調査でも,日本企業の保険購買は,企業全体の財務意思決定プロセスの一環として整備・運用されるところまでは達していないケースが多く,リスクマネジメントに関する投資家とのコミュニケーションにも課題が残る姿が浮き彫りにされています。/ただし,海外依存度(海外売上高比率)が高い企業では,ERMの実効性を確保する兆しも確認されつつあり。海外オペレーションの拡大が伝統的な国内での企業保険の購買管理体制を大幅に見直すきっかけとなる可能性も示唆されています。
第2章 リスクマネージャーの仕事と概要
保険を通じたリスク移転は,保険会社の外部資本で当該リスクの保有を行うことと同義ですので,該当するリスクが保険会社からみてリスク類似性(同じようなリスクがたくさんあるか≒スケールメリットが働くか),独立性(それぞれのリスクは独立別個のものであるか≒分散効果が働くか)を踏まえ,保険会社から提供される損害査定やインシデント発生時の危機管理対応などの保険付帯サービスの必要性,有効性を考慮のうえ保険付保可否を判断していきます。
保有を決断したリスクについて1つの保有手段として,キャプティブ保険会社があります。キャプティブ保険会社は自社の保険リスクについて元受保険会社に付保された一部のリスクを再保険として引受けを行う再保険会社です。元々米国にて1960年代に始まり,同80年代の賠償責任保険危機(訴訟乱発により引受保険会社がいなくなった)を契機に,キャプティブ設立が後押しされたといわれています。現在は欧米企業を中心に全世界では7,000社以上,本邦でも100社前後のキャプティブが設立されており,特に世界各地のグループ会社を取りまとめたグローバルプログラム導入企業などを中心に,元受保険会社の保険証券発行や損害発生時のクレームサービスを維持しつつ,グループとしての自家保有を実現するため,また保険マーケットのハード化(引受保険料率の上昇,キャパシティの引き締め)に対応して,自家保有の調整弁として使われています。
第3章 保険リスクマネージャーの実務(各論)
第1節 三菱重工業
もちろん,国内外の再保険の活用によってキャパシティを増やすことは選択肢にはなりますが,一般に完受保険会社を比較すると,個別証券や保険プログラムに対する任意再保険は,より「是々非々」の判断が強く,保険料や保険条件の変動が大きくなるため,長期安定的な保険プログラム運営の観点からは,再保険になるべく依存しないストラクチャーとなるように外部専門家たる保険ブローカーの力も得ながら設計をしていきました。
決定したストラクチャーで入札仕様書を作成し,集約したエクスポージャーデータやロスデータなど関連資料とともに保険ブローカーを通じて国内保険会社に見積り依頼を発出します。具体的なスケジュール感としては,見積り依頼発出後に各社より質問受付を1~2週間で実施し,見積り提出期限がおおよそ3週間程度となります。入札方式もあらかじめルールを定めて各社へ事前周知のうえ,実施しました。
結果としては,当社の保険リスクは非常にボラティリティが大きく,その部分のみを切り出して保険化する(理論保険料を計算する)と,保険会社の大きなポートフォリオのなかで引き受けられるよりも保険料が高くなってしまうこと,現行の保険プログラムは保険会社の分散効果・スケールメリットを享受するものであることが確認できたことは大きな成果でした。
第2節 旭化成
このように日本6名+米国1名の計7名で全世界の旭化成グループの保険リスクマネジメント業務を統括・管理しています
自己保有額の設定に関しては,数理的なアプローチではなく,経営判断として金額を決めました。経営トップは,業績の変化に対する投資家の判断や株価の変動を,日々の会社経営から肌感覚で理解・認識しています。また,グループ内で不測の経管悪化がどの程度生じると会社経営全体に影響を及ぼすか,おおよその目安を持っております。
当社においてかつて損害保険会社が提供しているリスクコントロール機能(保安防災リスクサーベイ)の社内認知度は決して高いとはいえず,保険料の査定目的のための,やむを得ない対応事項とみなされていました。その後,保険・リスクマネジメントグループより保安防災や物流安全を所管する部門に地道に協業を働きかけ,リスクサーベイ活動を継続・拡大することにより徐々に社内認識も変わり,現在は当社のリスクマネジメントには欠かせない重要な活動と認知されています。サーベイ結果のフィードバックは対象工場,部署にとどまらず,グループ会社全体の保安防災や物流安全の責任者全員にフィードバックすべきと考え,全体報告会を毎年実施し,特に好事例や共通課題の社内共有を図っています。
日本独自に発展・維持されてきた保険代理店制度は,そろそろ制度疲労を起こしているのではないかと思いますが,最近見直しの機運が高まりつつあるように感じます。
第3節 クラレ
時々なぜブローカーを2社にしているのか,統一したほうがいいのではないかという質問を社内から受けます。筆者自身,本社方針の周知徹底や各種業務の効率的な運用を考慮するとブローカーは1社のほうがよいと思います。全世界での統一が無理でも,北米の保険を取りまとめるのはブローカーA,アジアはブローカーBというように地域でブローカーを統一する方法もあります。当社における保険担当者は筆者1人であり,他の業務と並行しながらの保険運用は自ずと効率性重視となります。そのことから当初は2社のブローカーのサービスを見極めてから1社へ統一する計画でしたが,いくつかの理由によりこれを断念することになりました。
第4節 キリンホールディングス
第5節 石油資源開発(JAPEX)
キャプティプを保有するメリットとしては,今まで述べた保険リスクマネージャーにとって重要な実務である。リスク移転,リスク保有,再保険の知識を総合的に活用し,自社のリスクマネジメントに活用できる点と考えています。キャプティブを維持管理することで,おのずと保険の専門知識とリスク保有の考え方が社内に蓄積されていくことになります。その結果。保険リスクマネジメントに携わる担当者の人材育成の観点でも重要な役割を果たします。
キャプティブは自家保険のツールのつであり。外部にいったん続したりスクを事度自社で事保険として引き受ける仕組めです。私内ではこれだけを明くと。そもそもリスク移転(保険購入)する範囲を狭めて保険料を削談すればいいのではという指摘が出ることがあります。免責金額だけではなく縮小てん補割合も活用すれば,自社のリスクアペタイトに応じた元受保険手配は実現できると考えているので,その指摘は間違いではないと思います。しかしながら,事業者側でリスクを負った場合の元受保険料削減額は,キャプティブで同様のリスクを(再)保険会社の立場で引き受ける場合の削減額と比べて相対的に低い印象があります。そのため,同じリスクを自家保有することによるコスト削減効果では,キャプティブ活用に分があると考えられます。
キャプティブ設立で説もわかりやすい効果はとしては,低損害率の保険種目の引受けです。保険は低損害率下でも継続的に購入するものであり,仮に過去10年保険事故がなかったとしても,継続する事業において保険購入を取りやめるような判断には至らないことでしょう。安定しているリスクで仮に事故が発生したとしても許容(保有)可能な範囲でキャプティブが引き受けることで,長期目線で保険料削減効果が得られることを好意的に考える企業も多いのではと考えます。
当社キャプティブは一定金額を上限に設定をしたプライマリーレイヤーを中心に引き受ける方式を取っています。また。保険種目ごとに事故が多発しても一定の金額で納まるようにドロップダウン条項を付けた再保険契約を結び,複数事故が重なったとしても保険金の支払が本社から出資を受けた資本金内に納まる形態にしています。基本方針としてはレトロ(再々保険)への出再は極力せず,自社で保有するリスクを保険で引き受けるシンプルなスキームです。格付を取得し,保険ではなく元受キャプティブとして運営している先進的な取り組みをされている企業もありますが,当社キャプティブとして,まずは再保険キャプティブとしての役割を安定的に行うことを意識しています。
当社の場合は,国内保険は基幹代理店,海外保険は保険ブローカーという線引きをしています。
あくまで私の主観によるところですが,保険の購買は政治的な要因が多分に絡むと考えています。資本関係含め保険会社との関係性が強い企業の場合,難しいリスクであっても再保険を活用しながら,テーラーメードで事業者のニーズにあった保険組成が優先的に行われていると感じています。一方でキャプティブや自家保険によるリスク保有(保険料削減)の検討やより競争力のある共同保険の仕組みの検討などを保険の担当者が提案しづらい環境もあるのではないかと考えています。
第6節 住友商事
もし,保険リスクマネージャー採用のハードルが高い場合,お勧めする方法は2つあります。1つは,保険リスクマネージャーの代替として保険プローカーをフィーベースで起用すること,2つめは企業代理店を保有している場合,その社員を本社に転籍・兼務させ。保険リスクマネージャーとして勤務してもらうことです。保険ブローカーをブローカレージや代理店手数料ベースで起用すると,保険料と呼応して保険ブローカーの手数料も増加するので,システムとして保険料削減の方向性に働かなくなる傾向があります。日本における保険ブローカーは,保険代理店免許により営業をしている企業も多く,保険ブローカーをフィーベースで起用しても,あくまでも第三者の目線での業務となってしまうので,本質的にはFirst Partyとして保険購買,リスクコスト管理をする保険リスクマネージャーの役割が必要ですが,保険契約の合理化を主目的とする場合,そのような保険ブローカーの起用は1つの手段です。
第7節 三井物産
保険リスクマネージャーの視点と実務 | NDLサーチ | 国立国会図書館
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