Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

市之瀬敦『ポルトガル語のしくみ』白水社

このしくみシリーズ,著者の軽い語り口が特徴のひとつだし,そこに個性が出て面白いのだが,このポルトガル語の著者はその部分があまり面白くない……。ロシア語とかチェコ語みたいなエキゾチックな言語なら余談もいろいろ書けそうだけれど,ポルトガル語だとそれが比較的難しい,というのはあるかもしれない。ただ著者がサッカー好きなのはよく分かった。

大きな収穫としては,ポルトガルのポルトガル語とブラジルのポルトガル語の違いが明確にあるということが分かったこと。やるとしたらどっちを勉強したらいいか迷っていたけれど――そもそもそれを迷う必要があるほど違いがあるのか分からなかったけれど――,これを読んだあとではブラジルのをやろうと思った。ボサノバの歌詞が分かりたいというゴールからすれば。

この本は,新しい語学のスタートにもたつきがちな方,あるいはつまずきやすい方のために書かれたと言ってよいでしょう。最初からポルトガル語をマスターしようなどと考えると,気が重くなってしまいます。真剣に取り組む前に,とりあえず,ポルトガル語ってどんな言葉なのだろう,そんな好奇心をお持ちの方にぴったりではないかと思うのです。/したがって,「ポルトガル語文法入門」と銘打つような本ではありません。強いて言えば,ポルトガル語の世界に「入門」するための準備運動についての説明書といった感じでしょうか。ですからリラックスした気持ちで読み始めてみてください。

日本ではブラジルのポルトガル語に関する入門書が圧倒的に多いのですが,この本はポルトガルのポルトガル語に関して説明していきます。

i

1章 文字と発音のしくみ

ポルトガル語はローマ字で書かれますから,とりあえずローマ字を使い慣れている日本人にとり一安心です。しかもアルファベットは26文字で,新しく覚える文字はありません。実は数年前まで,k,w,yの3文字はアルファベットの正式メンバーではなかったのですが,2009年1月から発効した新正書法では晴れて(?)正式に承認されています。

ポルトガル語でもそうですが,聞き手にちゃんと理解してもらうためには,単語のどこにアクセントを置くかが思っている以上に重要です。つまりどこを強く発音するかです。それぞれの文字の読み方を見る前に,しっかりとそのルールを身につけてしまいましょう。(…)ポルトガル語のアクセントは基本的に単語の後ろから2番目の母音に置かれる,つまりそこを強く読むのです。

3語を見てください。avo,avó,avô。それぞれ「分数の分母につける語」,「祖母」,「祖父」という意味です。つまり別々の単語なのです。最初の単語はルール通り,aにアクセントが置かれ,後の2つは´とˆという記号があるために,大原則に反しoが強く発音されます。しかもóは口を大きく開き[オ]といい。ôは口を閉じ気味で[オ]といいます。この´とˆ,という記号はeにもつき,それぞれ開いた[エ],閉じた[エ]を表わします。

ポルトガルに「音節を食べる」という表現があるように,ポルトガル人は母音を食べる,いや飲み込む,つまり弱く発音するか,あるいは発音しないか,だからです。

Pedro come. ペドロは食べる。/[ペドルコーム]。この-eの発音がポルトガルとブラジルをはっきりと分けるのではないかと思います。ブラジルなら[イ]という発音となりますが,ポルトガルではいわゆる[シュワ]というあいまいな母音として発音されます。日本人の耳には弱い[ウ]のように響くでしょうか。

a e i o uという母音にnあるいはmが後続すると,つまりan,en,in,on,un,さらに,am,em,im,om,umですが,その表記はそれぞれの母音を「鼻音化」して発音しなさいという合図なのです。

aの上についている見慣れない記号~は「ティル」といい。もとは文字Tの横の部分に由来するのですが,これがつくとその母音は鼻音化して発音されるのです。

この子音を2つ連ねて1つの音を示す表記法は南仏で話されているプロヴァンス語が起源です。中世時代のポルトガルでは南仏からの影響を受けた吟遊詩が流行したのですが,プロヴァンス語の表記をポルトガル語の公的な表記法に取り入れることになったのです。

ポルトガル話は1つ1つの語が区切られて書かれます。けれども,ポルトガル人が話すときに,語と語の間に空白があるわけではありません,あまり長くない文であれば,一気に最後まで話しきってしまいます。すると,1語,1語,ゆっくりと発音するときとは異なる現象が生まれます。それぞれの語の発音を憶えただけでは,なかなかヒアリングがうまくいかない理由はそこにあるのです。

2章 書き方と語のしくみ

興味深いことに,全てのポルトガル人は2つの苗字を持ちます。洗礼名が2つ,苗字が2つとなれば,名前が長くなるのも当然です。

ポルトガル語の語棄の大半はラテン語起源です。ですが中世時代には,アラビア語の単語の他に,フランス語,プロヴァンス語,ゲルマン系諸語から単語を受け入れています。とはいえ,ポルトガル語が最初に外来語を大量に取り入れたのはルネッサンスの時代です。古典復興の時代,ポルトガル人にとり最も親しみのある古典語,ラテン語から数多くの語彙を改めて借り入れたのです。

現在,世界中で2億6000万の人々がポルトガル語を話すと言われます。そのうちの約2億人はブラジル人です。つまり。ポルトガル語を話す人の大部分はブラジル人なのです。ブラジルの国土は世界で5番目に大きくて日本のおよそ23倍,経済的な潜在力も侮れないものがあります。しかもおよそ100年の歴史を持つ日本からの移民の存在もあり,私たちが日本でポルトガル語を学ぶとき,ブラジルのポルトガル語となるのも当然といえば当然なのです。したがって,この本はかなり例外的です。

ポルトガルのポルトガル語とブラジルのポルトガル語,その違いはちょっと発音を聞いただけでも十分にわかりますが,それ以外に,語棄のレベルでも文法面でも異なります。でも違うからといって,両国のポルトガル語の間に優劣があるというわけではありません。ただ,ブラジル人が話すのを聞いて,ポルトガル人が「ブラジル人は砂糖をまぶして話す」と言うのは私も納得できます。確かに,ブラジル人の話し方には甘い響きを感じますから。

3章 文のしくみ

ポルトガル語の否定文に関し言っておかねばならないことは,英語のnoとnotの区別が行なわれないという点です。

論理学的な思考が知識層の間で広がった英国では,18世紀以降,英話ではそれまで当たり前のように使われていた「二重否定」が文法的に否定されるようになったそうですが,ポルトガル語では今でも立派に文法的な文として認められているのです。

ii

1章 区別のしくみ

そして,ポルトガル語文法では,-oで終わる方を「男性名詞」,-aで終わる方は「女性名詞」に分類しています。

不定詞と定冠詞の2種類ありますが,それぞれ男性形・女性形,単数形・複数形があります。もちろん,名詞の性・数に一致するわけです。

まずは不定冠詞:um (男・単),uma(女・単),uns(男・複),umas (女・複)の4つです。

次に定冠詞:o(男・単),a(女・単),os(男・複),as(女・複)

2章 人と時間のしくみ

「AはBです」という文を英語では A is B. といい,このisはいわゆるbe動詞が変化した形でした。ポルトガル語ではこのbe動詞に相当する動詞がser,estarと2つあり,その使い分けを憶えないといけないのです。

まずserですが,その主話の特性を定義づけるような働きをします。serを使うとき,話し手はその特性に注目しているのであって,以前どうだったのか,これからどうなるのかに関しては眼中にありません。

これに対し,estarを使うと,主語の特性は「一時的」なものと見なされ,そこから,それ以前の状態・状況あるいは他のものとの比較というニュアンスが込められることになります。

ポルトガル語の動詞というと,どうしても-ar,-er,-irで終わる3種類の動詞を考えてしまいますが,もう1種類-orで終わる動調があります。ポルトガル語の動詞の末席を汚す程度の存在感なら無視したくもなりますが,そうはいきません。けっこう重要な動詞がそろっているのです。(…)この-orで終わる動詞のベースとなるのが,pôrです。意味は「置く」「載せる」。「着用する」などたくさんあります。oの上の記号を取ってしまうと,前置詞 por「...によって」と同じになってしまうので,忘れることはできません。(…)実は,-or 動詞に関しては,このpôrの活用を憶えてもらうだけで十分なのです。どういうことかというと,一連の-or動詞というのはporにさまざまな要素が直前につくことで意味が変わるだけで,活用じたいは同じだからです。

未来形の変化の仕方はワンパターンですから,とても簡単です。 -ar動詞であれ,-er 動詞であれ,-ir動詞であれ(-or動詞であれ),すべて変化は動詞の原形の語尾に-ei, -ás, -á, -emos,-ãoをつけ足せばよいのです。

3章 「てにをは」のしくみ

目的語になる代名詞は2種類あります。すなわち,「...を」に当たる直接目的語,そして「...に」に当たる間接目的語。同じ形で表わせることも多いのですが,やはり違いはあります。

ブラジル人は以上のような文で,目的語になる代名詞を動詞の前に起きます。すなわち,Eu os visito todos os dias. と言うのです。ポルトガルとブラジルのポルトガル語。その違いがはっきりと見て取れる点ですね。

4章 数のしくみ
  • 0 zero
  • 1 um
  • 2 dois
  • 3 três
  • 4 quatro
  • 5 cinco
  • 6 seis
  • 7 sete
  • 8 oito
  • 9 nove
  • 10 dez
5章 実際のしくみ

ポルトガルについて語るとき,ある「革命」について触れないわけにはいきません。そう,1974年までおよそ半世紀間にわたって続いた独裁制を終わらせた「4月25日革命」のことです。ポルトガル語では A Revolução do 25 de Abril と言います。

参考図書ガイド

日本では数少ないポルトガルのポルトガル語の文法書です。ブラジル・ポルトガル語の教科書だけでは満足できない方にお勧めです。

待望久しかったポルトガル語の問題集。1500題と問題数が豊富で,新たに学ぶことも多い。ブラジルポルトガル語と銘打っていますが,ボルトガルのポルトガル語を学ぶ上でも十分すぎるくらい役に立ちます。

以下の著作は手前味噌になりますが,ご容赦ください。

ポルトガル語そのものではなく,同語とアフリカ諸語が接触し形成されたギニア・ビサウのクレオール語の調査へと向かった著者の旅の記録。

ポルトガル語が話される様々な国や地域の歴史や社会や文化を語る本。ポルトガル語のサッカー用語の解説もあります。

ポルトガル語のしくみ 新版 | NDLサーチ | 国立国会図書館