Dribs and Drabs

ランダムな読書歴と音楽にまつわる備忘録

[論文]吉羽要直「ストレス状況を勘案した相関構造とリスク合算」

日本銀行ワーキングペーパーシリーズ 2013年 > (論文)ストレス状況を勘案した相関構造とリスク合算
http://www.boj.or.jp/research/wps_rev/wps_2013/wp13j04.htm/

要旨

金融機関の多くでは、株式と債券を含む有価証券ポートフォリオの市場リスク量を計算する場合に分散効果を勘案している。本邦のように、過去十数年間、金利と株価の変動に正の相関がみられる場合などには、現行実務で用いられている手法を用いたポートフォリオ全体の市場リスク量は、株式・債券それぞれ単体でのリスク量の和と比較した場合に無視できない差が発生し得る。しかし、近年の欧州債務危機で観察されているように、株価が下落するとともに金利が上昇するような状況では、分散効果は限定的になることが考えられる。

そこで、本稿では、コピュラの概念を用いて株式・債券単体のリスクとリスクの相関構造を分離して計測する。具体的には、相関構造の裾依存性や正負の相関を勘案できる様々なコピュラを取り上げ、コピュラを推定するデータについても時点や地域を変えながらリスク量を計測する。このように、相関構造に関してストレス状況を勘案し、合算ポートフォリオのリスク量計測に関する特徴や留意点を示す。

キーワード:コピュラ、多変量分布、裾依存性、リスク合算、経済資本

抜粋
  • 本邦の近年のデータでは、金利変動と株価変動に正の相関(株価が下落するときに金利も低下<債券価格は上昇>すること)が観察される。
  • こうした合算ポートフォリオのリスク評価は、計測方法によってはリスク量を過小評価する可能性が高い。この問題に対処するため、コピュラを用いたリスク合算が利用されている。
  • こうしたコピュラの考え方を応用して、ストレス状況をリスク計測に織り込むことも考えられる。
  • コピュラとは、変量間の相関構造を示す関数である。線形相関では、2変量の相関の強さをマイナス1からプラス1のあいだのひとつの数値で表現する。これに対して、コピュラは変量間の関係を関数で表現するため、相関の強さを変量の大きさによって変えることができる。
  • 各リスクファクター(株価の日次変化率、金利の日次変化幅)の単独の分布(周辺分布)は、分散共分散法(VCV法)では正規分布を想定しており、ヒストリカル法(HS法)では経験分布を想定しているが、それぞれの欠点を克服するため、本稿では、歪みと尖りを捉えられるパラメトリックな分布として、1次元のスキューt分布を周辺分布に採用する。
  • 通常の計量分析では,2変量の同時分布を1つのデータセットで同時に推定する.一方,コピュラを用いた計量分析では,同時分布を周辺分布とコピュラに分解しており,周辺分布の推定とコピュラの推定を別々のデータセットで行うことができる.周辺分布とコピュラが別々に推定されても,周辺分布にコピュラを適用することでポートフォリオの同時分布を得られる.このように,分離して推定し(estimate with separation),結合して分析する(analyze with combination)ことが可能になる点がコピュラを用いる利点である.
  • この利点を用いると、ストレス状況におけるコピュラを推定し、平時データから推定される周辺分布と結合することで、ストレス状況の相関構造を勘案したリスク量を算出することもできる.
  • 具体的なアルキメディアンコピュラには、ガンベル(Gumbel)コピュラ、クレイトン(Clayton)コピュラ、フランク(Frank)コピュラなどがある。Basel Committee on Banking Supervision [2010]でもこの 3つのコピュラが取り上げられている.
  • いずれも、1 パラメータでコピュラを表現するという共通点を持つが、上下の裾依存係数に特徴的な違いがある.すなわち、ガンベルコピュラは上側裾依存性が強く、クレイトンコピュラは下側裾依存性が強いのに対して、フランクコピュラは上下に裾依存性がなく,対称である.
  • 本稿では,リスクファクターの相関構造に焦点を当てて,相関構造にどのようにストレス状況を織り込むべきかを議論した.本稿の分析を用いれば,周辺分布とコピュラの双方にストレスを与えたストレステストを行う際に,両者の寄与を別々に把握することが可能となる.
  • リスク量計測において,リスクファクターの分布が変化していくことが考慮されていない場合には,単一の線形相関(正規コピュラ)では合算リスク量を過小評価する可能性があるため,ストレス状況でも耐えうるリスク量を見積もることができるコピュラを精緻に検討することが望まれる.この点は,本稿で扱った市場リスクだけでなく,全行的な経済資本を見積もる際にも望まれる点である.