Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

ポール・A・オフィット『禍いの科学:正義が愚行に変わるとき』日経ナショナルジオグラフィック社

原題は『Pandora's Lab: Seven Stories of Science Gone Wrong』。「パンドラの箱」とはよく言うけれど,この本によると,

ギリシャ神話の神,プロメテウスが天界から火を盗んで人間たちに与えたことに怒った最高神ゼウスは,人間を罰することにした。ゼウスは宝石で飾られた美しい箱を,中身を教えぬままパンドラという人間の女性に与えた。パンドラは決して箱を開けないように言われていたにもかかわらず,箱を開けてしまう。すると箱の中から病,貧しさ,不幸,悲しみ,死などあらゆる禍いが姿を変えた霊たちが逃げ出していった。パンドラは箱を閉じたが,もう遅い。箱の中には希望だけが残っていた。

ネタの宝庫といいますか,たとえば「痛みを緩和するためにモルヒネができて,モルヒネ中毒を解消するためにヘロインができて,そしてヘロイン中毒を減らすためにできたオキシコドンがいま新たな中毒のもとになっている」とか,「飽和脂肪酸がダメだっていうんで作られたマーガリン(不飽和脂肪酸)が実はトランス不飽和脂肪酸でもっと害があることがあとで分かった」とか,「食糧不足を解消するために化学肥料(アンモニア)がつくられたけど,製造の流れでアンモニアから爆弾の原料になる硝酸アンモニウムが作られ,しかもその空気からアンモニアを生成するのに成功したハーバー(ドイツ人かつユダヤ人)は喜々として毒ガスを作り,そして彼が製造の指揮を執っていた化学薬品チクロンはアウシュビッツで使われ彼の同胞を殺すことになった」とか,「優生学とかロボトミー手術とかが流行った」とか,「『沈黙の春』のレイチェル・カーソーンは自分の本を出版社がちゃんと宣伝してないってつねに不満だった,そして彼女のゼロ・トレランス(ゼロリスクの原則)な姿勢がDDTを禁止させるに至り,それによって救えるはずの幾多の命がなくなった」とか,「天才と呼ばれたノーベル賞受賞者が根拠不明の健康法(ビタミンCを大量摂取する)にハマり,逆に多くの人のガンのリスクを高める結果になった」とかとか。

まぁ「正義が愚行に変わる」っていったって細かく場合分けできて,「当時はデータなかったんだからしょうがないだろ」ってやつもあれば,「最初から狂気スレスレじゃん」ってやつもある。まぁ空気に流されて規制したり規制しなかったりする当局も当局。

著者は冒頭に「これから7つのは発明を紹介するが,それぞれについてどのようにすれば悲惨な結果を回避できた可能性があるかを分析していく」と述べているけど,「分析」ってほどのものでもなく,各章の終わりに「データがすべて」とか「すべてもものには代償がある」とか「手っ取り早い解決策には気をつけろ」とか,割と普通な一節が設けられているぐらい。

結局は個々人が常に疑いの目を持てって話になるんだろうけど,それだと社会的なコストが大きいから規制とかなんとかが存在するわけだけど,一方で『買ってはいけない』みたいなのもあって,これはカーソーンの流れに位置づければいいのか。

404

禍いの科学 : 正義が愚行に変わるとき (日経ナショナルジオグラフィック社): 2020|書誌詳細|国立国会図書館サーチ