訳者あとがきでこう述べられている:
欧米の書店には紋章(学)のコーナーがあることは常識であるし,日本でも紋章関係の書物が多数上梓されてきた。/本書はそれらの中でも網羅性の点では群を抜いている。紋章の成り立ちや独特な紋章学用語の解説はもとより,各時代,各地域の特徴的な紋章を多数収録している。また,紋章そのものだけでなく,紋章が実際にどのように使われていたかがわかる図版資料も豊富である。紋章入りの武具を身につけた中世の騎士にまつわるエピソードも興味をひくものであろう。
確かにこのとおり。なんだけど,確かにさまざまな項目を「網羅」はしているものの,各項目の説明あるいは全体の構成が初学者を意識しているとは思えない――要するに分かりにくい。各項目を基本的に1見開き(2ページ)で収めようとしているという制約の問題というわけでもないだろうが。大判でフルカラー印刷なだけに,残念だ。
そんな中,面白いと思ったもの:
紋章は,騎士道というすぐれて中世的な現象と密接に関係しているため,両者の関係を調べることは有益である。騎士道とは,字義通りには,馬に乗る兵士の知恵という意味だが,より正確には,馬と馬飾り,馬上用の武具(とりわけ槍)を維持できる者こそが騎士であった。〔中略〕戦闘を伴わずに敵を降伏させた場合,血気盛んな騎士たちは力を持て余し,支配者や領民,教会にとって負担となった。略奪を行う騎士たちの,半ば合法的な蛮勇を防止するある種の規則が必要となり,そうした漠然とした倫理綱領が発展して今日でいうところの騎士道になったのである。
288.6