Dribs and Drabs

ランダムな読書歴と音楽にまつわる備忘録

奥野由紀子『超基礎・第二言語習得研究SLA』くろしお出版

白井恭弘の本を2冊読んだあとなので,同じSLAついてだけど新鮮に感じる部分あり。「L2」みたいな言葉も覚えたので,良しとする。ただ本書はL2として日本語を学ぶことが想定されているというか,そういう人たちに教える人たちを想定して書かれれているので,そういう意味では自分向きの内容ではなかった。

はじめに

本書は、『超基礎』シリーズとして、第二言語習得(SLA)研究の入り口を知ってもらうために刊行したものです。SLA研究の「入り口」と言っても、最新の研究動向を踏まえ、SLA研究の知見を教育や社会にどう生かしていけるのかについて考える点が本書の特徴です。また、本書全体を通して、自らの第二言語(L2)の習得経験をふり返ったり、SLAについて常日頃疑問に思っていることについて、共に学ぶ仲間と考えたりするタスクを多く取り入れ、能動的な学びが体感できる構成になっています。

第1章 第二言語習得(SLA)研究とは

第二言語習得(SLA)研究とは、「最初に習得した言語とは別の言語を習得する」というのはどういうことか、またどのように学ばれているのかを探究する研究分野です。皆さんも何か外国語を学んだ経験があると思います。この章では、そのような皆さんの経験も振り返りながら、「言語を習得する」とはどういうことか、どのような要因が関わっているのかなどを考え、第二言語習得研究がどのような分野の研究で、何に役に立つのかを知るきっかけにしてほしいと思います。

まず始めに、第二言語習得(Second Language Acquisition: SLA)の第二言語(second language: L2)(以下L2)とは何なのか、考えてみましょう。L2とは、「生まれて最初に習得した言語=第一言語(first language: L1)(以下L1)とは別の言語」ということです。例えば、日本語がL1の人が英語を習得する場合のL2は英語です。

SLA研究の概説書は、英語を目標言語としたものが多いのですが、本書では、日本語教育の専門家たちが、日本語を目標言語とした例を中心に、L2日本語使用者を取り巻く環境をふまえながら解説します。

母語(mother language, mother tongue)とは、生後数年間のうちに生活環境の中で、自然に身につけたL1のことを指しますが、先述したように母語が必ずしも一つではない場合や、何語かは明確にわからない場合もあり、紛らわしい用語でもあります。また、母国語(official language of home country)とは、一般的に国籍を持つ国で公用語とされている言語のことを指しますが、難民など国籍を持たないL2使用者や、スイスなど、国内で共通の言語が定められておらず、国民が多言語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ話)のどれかをL1とする場合も珍しくありません。

例えば、海外で日本語を学ぶ場合は、日本語が使われていない環境で、「外国語として」日本語を習得することになります。逆に、留学や移住などをして日本語が話されている環境で習得することもあります。このような環境を区別するときは、前者を JFL(Japanese as a Foreign Language;外国語としての日本語)、後者を JSL(Japanese as a Second Language;第二言語としての日本語)と呼びます

本書はいわゆる一般的なSLA研究の概論を簡単に説明するということではなく、最近のSLA研究の知見をふまえ、日本語の習得のケースや日本語教育の文脈を取り入れ、わかりやすく伝えることを心がけています。

第2章 二つの言語習得観と言語転移のとらえ方

この章では、言語習得についての考えを深めるために、まずはL1習得とL2習得の違いについて考えた上で、人のことばの習得に対する異なるニつの言語習得観(生得主義と創発主義)を押さえます。そして、SLA研究の潮流とともに変化してきた言語転移(L1のL2への影響)に関する考え方の変遷を見ていきます。批判的検討を重ねながら大きく変化を遂げてきた言語習得観の変遷と SLA研究の歴史を知り、教育や研究に必要な複眼的な視点を養っていきましょう。

参照)。ヒトと動物のことばの比較研究をしている動物行動学者の岡ノ谷一夫は、ヒトのことばの4条件として「発声学習(声真似)ができる」「音と意味が対応している」「文法がある」「社会関係の中で使い分けられる」という特徴があるとしています。オウムはヒトの声真似ができますし、サルの鳴き声の音は、例えば危険を知らせるなどの意味と対応しており、ジュウシマツの歌には文法があり、ハダカデバネズミは鳴き声で上下関係や集団の中の役割を確認するなど、その一部を持つ動物はいるようですが、この4条件すべてをみたす動物はヒト以外にいません(岡ノ谷2010)。

生得主義は、チョムスキーの提唱する生成文法(generative grammarが理論的基盤になっています。生成文法のモデルでは、普遍文法は原理とパラメータからなるとされています。原理とは、言語が階層構造をなすこと(階層性)、次々につなげて文を長くし、構造を複雑にできること(反復性)であり、これはすべてのヒトの言語(自然言語)に共通する普遍的な性質です。言語の個別性を説明するのがパラメータという概念です。世界中の言語は語順や修飾関係などでは、それぞれ個性の異なる別の特徴を持ちます。パラメータは、これらの言語的特徴を発現させるスイッチのようなものです。

このような刺激の貧困(poverty of stimulus;文法的に正しいインプットが不足した状態)があるにも関わらず、子どもは限られた言語的な証拠から、抽象的で複雑な言語のルールを見いだし、直接教えられなくても、短期間に言語を獲得します。不十分なインプットや不完全なインプットから、ヒトが言語を獲得できるのはなぜか。この大いなる疑問は、チョムスキーによって提示され、言語獲得の論理的問題(プラトンの問題)と呼ばれます。生得主義に立てば、その答えは「そもそも言語獲得のための機構を脳内に持っているから」ということになるでしょう。

第3章 「エラー」のとらえ方の変遷

日常生活では場面を問わず、何かを間違えることはできれば避けたいと思うことが多いでしょう。しかし、SLA研究では発想が転換され、エラーはむしろ有用なものだと考えられてきました。この章では、L2使用者の言語に現れるエラーがSLA 研究史の中で、どのようにとらえられてきたのかを見ます。現在のSLA研究では、L1使用者の言語を必ずしも学ぶべき規範とはしないという観点から、エラーを目標言語(TL)で使われる形式とは異なるもの「NTL: non-target-like」と呼ぶようになってきました。この動向に沿って、L2使用者の言語に現れるNTLを今後どのようにとらえて、言語習得や言語教育が進んでいくのか、その展望を示します。

外国語の授業で間違えることの良い面を考えるというのは、新鮮な問いかもしれません。課題を通して、自分の答えが間違っていたとわかることは悪いことばかりではないとが確認できたでしょうか。自分の正しいと思っていたことが実は正しくないとわかり、正しくないところを訂正してもらうことで、あなたがそのL2に対して持っていた、「この使い方は正しい」という仮説を改める機会になります。

文法のエラーが多いのは、実は中級レベルだといわれています。L2使用者は次第に目標言語を正しく使用するようになり、正しい使用は正用と呼ばれます。上級レベルになればL2使用者のスピーチや作文には正用が増え、エラーも少しずつ目立たなくなります。しかし、外国語の上達は、正用がどんどん増えていくというように坂道を上るように進むわけではなく、むしろ、ぐっとエラーが増える時期があるようなのです。

このように、中級レベルはエラーが増える時期であることがわかりました。これは、自分で生産的に文を作り出せるようになった成長の証でもあります。このことから、エラーは成長を知るバロメーターといえます。それがわかれば、勇気を出して、L2を使ってみたくなるでしょう。L2使用者のエラーを、L2使用者が自分なりの知識を形作っていっている成長の証拠だととらえ、教師はそれを支援したいものです。

エラーと呼ばれてきた言話使用に現れる、目標言語の使用のされ方とは異なる形式に対して、今後、どの呼び方を用いるのが主流になるのかはまだわかりません。しかし、言語習得のエラーをめぐる議論が変革期を迎えているのは確かです。本書でも、これまでの議論を受けて、ここからは、中間言語研究を土台とするSLA研究で用いられてきた「エラー」、「誤用」、「誤り」という用語ではなく、言語間の影響を下敷きにしたマルチコンピテンスの議論も包括する立場のSLA研究を目指す立場から、「NTL (non-target-like;目標言語で使われる形式とは異なるもの)」という表現を用いることとします。

第4章 SLAの認知プロセス

第3章では、NLT(目標言語で使われる形式とは異なるもの)を通してL2使用者独自の言語である中間言語について見ました。中間言語の研究からは、L2がどのように習得されるのかを知ることができます。これに加えて近年では、L2の習得がなぜ起こるのかという習得のメカニズムを解明する研究が進んでいます。L2を学ぶとき、皆さんの頭の中ではどのようなことが起こっているのでしょうか。L2習得の過程で何が起きているかを知ることは、効果的な学習や指導について考えるヒントになります。この章では、皆さんの経験と照らし合わせながら、L2習得のプロセスを見ていきます。

インプットにはL2習得を促進するいくつかの役割があるのですが、まずは、L2習得はインプット抜きには始まらないということからお話しします。L2習得の認知プロセスではインプットを受けることによって、その人の頭の中で中間言語が構築され、それに基づいてアウトプットがされます。つまり、L2習得においてインプットは必要不可なものなのです。

自分の今の言語レベルより難しすぎたり、簡単すぎたりしない、理解可能なインプットを得ることが重要です(インプット仮説(Input Hypothesis))(Krashen 1985)。

インプットは理解可能であることに加えて、関連性や真正性があり音声と文字両方を備えていることも重要であるといわれています(村野井 2006)。 まず、インプットの「関連性」とは、内容がその人の興味、関心に沿っていて自分の生活や将来に関連があると感じられるということです。教室外も含めて継続的にインプットを受け続けるためには、内容がその人の興味に沿ったものでなければ難しいでしょう。次に「真正性」は、インプットが現実のコミュニケーションを目的として書かれたり、話されたりしたものであるということです。

例えば、私たちはL2で書かれた文章を読んだとき「この単語はどう読むんだろう」「この表現はどういう意味だろう」など、特定の言語形式(語彙、文法、発音、表記など)に注意を向けることがあります。これを気づきと呼びます。

12習得を促進するにはインプットだけでは十分ではなく、アウトプットが重要だといわれています(アウトプット仮説(output hypothesis))(Swain 2005)。アウトプットには多くの役割があるのですが、まず重要な点として、アウトプットすることで自分の言語知識に欠けている部分があることに気づくということが挙げられます。

第5章 個人差がSLAに与える影響

SLA研究には、大きく分けると(1)L2習得の一般的なプロセスを明らかにする研究と、(2)L2習得の個別性を明らかにする研究があります。前章までは(1)に着目し、多くの人に共通する習得プロセスについて見てきました。この章では(2)に関連して、人によって言語習得の進み方に違いが見られるのはなぜか、という個人差について見ていきます。L2使用者として自分がどのようなタイプなのかを知ることは、自分に合った学習方法を模索する上で参考になるからです。また教師にとっては、多様なL2使用者に接する際の態度や心構え、授業活動での工夫を考える機会になるでしょう。

L2習得はインプットを受けることから始まりますが(→第4章参照)、言語道性の構成要素の一つである音韻処理能力はこの段階で重要な役割を果たします。例えば、ある単語を聞いたとき(目にしたとき)、私たちの頭の中では、その単語を音に分解したり、音を記憶したりして、それがどのような音なのかを認識するという作業が行われます。インプットが音声であれ文字であれ、まずは頭の中でいったん音に変換し、次に意味を理解しようとするのです。音韻処理能力はインプットを習得につなげる上で重要であり、そのため特に学習の初期段階では音韻処理能力が高い人ほど、習得が早く進むといわれています。

私たちがL2で本を読むときは、読んだはずの内容が思い出せない、ストーリー全体を理解するのが難しいということが起こります。これは、語彙や文法などの情報を処理するだけでワーキングメモリに大きな負荷がかかってしまい、内容を理解する余裕がなくなってしまうためです。L1など自分が習熟した言語の場合は言語的な問題は少ないため、内容だけに集中して読むことができます。

第6章 SLAの環境と特徴

L2の習得には、学習環境の違いが影響するというのは、多くの人が漠然と感じていることではないでしょうか。この章では、日本社会における学習環境について、より具体的に考えていきます。まず、学習環境の中で、自然環境と教室環境について取り上げ、どのようなインプットやアウトプットの機会があるのかという点から比較します。さらに、留学など教室環境と自然環境の両方の機会を持つ混合環境に着目し、その特徴について概観します。その上で、L2習得には教室での指導効果はあるのか、インターネットが普及している現在、教室でどのようなことができるのかについて考えます。

自然環境でのインプットに含まれる語彙や文型は特にL2 日本語使用者を想定したものではないものが一般的であり、使用される文脈も具体的なものから抽象的なものまで多肢にわたります。住んでいる地域で使われている方言や、自分が働く会社で使われている略語など、生活に密着した具体的な文脈の中でインプットに触れることもあれば、哲学や経済などの学術的な内容のものもあるでしょう。

これまでの研発成果を簡潔にまとめると、意識的に学習された知識は、自然環境のインプットからの習得に何らかの形で影響を与えており、教室での文法指導の効果を否定するものではないという見方が主流となっています。また、日常生活の中で、多くのインプットに触れるという自然環境で言語を学んできた学習者と比べ、教室指導の場合は習得の速度が速く、より高い習得のレベルに到達するともいわれています。その一方で、文法項目の習得順序については教室で教えた文法項目が教えた順番の通りに習得されるわけではなく、早く教えてもなかなか習得できない項目もあること、また、習得には段階があり、L2使用者の段階に合わない文法項目を教えても、なかなか習得が進まないということもわかってきています。

第7章 社会とつながるSLA研究

第6章では、自然環境か教室環境かという視点からL2習得の学習環境を考えました。この章では、学習環境の意味を広げ、多様な言語文化背景を持っている人たちが、日本で暮らしていくために必要となる環境整備という視点から見ていきます。まず、多言語・多文化化する日本における言語サービスや日本語学習支援の現状や課題について概観します。そして、外国人と呼ばれる人たち、日本国籍を持っていても日本語力の限られている人たちを「日本語学習者」という立場に固定化するのではなく、ともに社会を作るメンバーである「L2日本語使用者」としてとらえ直し、よりよい社会を作るためには、マジョリティ(多数派)、マイノリティ(少数派)双方にとって、どのような方策が必要なのかを考えます。

第8章 CLD児の言語習得

現代は世界規模での人の移動や交流がますます盛んになってきています。この流れの中で、子どものときから複数の言語や文化の中で育つ人たちが増えています。この章では、このような文化的言語的に多様な子ども(CLD児)の言語習得について取り上げます。CLD 児たちの言語習得はどのようになされるのか、成人の場合と何が違うのか、どのような点に着目する必要があるのかといった点について、SLA 研究やバイリンガル教育分野の研究をふまえた上で、具体的事例を取り上げて考えます。

皆さんは、文化的言語的に多様な子どもと聞いて、どういう子どもをイメージしますか。これは移民の多い北米などで使われる Culturally and Linguistically Diverse Children (カミンズ 2011)の訳で、頭文字をとってCLD児と呼ばれます。家庭の中で使用される言語と、その国の社会や学校で使われている言語が違っていて、生まれたときから複数の言語や文化に触れて育つケースや、成長の途中で国を超えて移住することで、接する言語や文化が変わるケースなどがあります。

生まれたときから日本語の中だけで生活している日本語モノリンガルの人にとっては、この四つにずれが生じたり、成長の過程で変わったりということの実感がわかないかもしれません。ですが世界的に見れば、この四つの定義に当てはまる言語が流動的なのは一般的なことであり、二つ以上の母語を持つ人のほうが多いともいわれています。

第9章 CLD児への教育と支援

第8章では、CLD児の言語習得について、SLA研究、バイリンガル教育研究をふまえながら具体例を見てきました。この章では、その理論をベースにCLD児への教育・支援について考えてみます。CLD児への教育・支援を行うときには、どのようなことに気をつけなければならないのでしょうか。また、日本の学校教育現場では、実際にどのようなCLD児への教育・支援が行われているのでしょうか。日本のCLD児教育の現状と課題を概観した上で、具体的な教育・支援の実践例を見ていきます。

第10章 SLA研究に基づく日本語指導(1)

外国語の指導法は、文法を重視した指導法から、コミュニケーションを重視した指導法へと大きな変遷を辿ってきました。現在は、コミュニケーションを重視しながらも、文法形式にも注意を向けるフォーカス・オン・フォーム(Focus on Form)を取り入れた指導が、多くのSLA研究者たちから支持されています。この章では、外国語教育におけるコミュニケーション能力の育成をどのように行うことが効果的だといわれているか、指導法の変遷とともに学びます。その上で、フォーカス・オン・フォームの具体例について見ていきます。

日本国内の中学・高校における英語教育や、初級日本語教育で多く採用されている指導法のひとつに、PPP(Presentation-Practice-Production; 文型ベースのアプローチ)という文法を重視した指導法があります。これは、1960年代頃から外国語教育の主流となったもので、特定の文型や文法規則を導入し、練習を繰り返したのちに、会話などの産出の機会を設けるという授業展開になります。

SLA研究者の多くは、PPP のような文型ベースのアプローチでは、学習者がコミュニケーション場面で通用するL2の運用力を十分つけることはできないと考えています。例えば、先の練習問題のように、場面や文脈から切り離された状況で、発品内容の意味を理解しているかどうかに関わらず、正しい音話形式を産出することが優先される練習は、日常生活で行うコミュニケーション活動とは大きく異なることがわかるでしょう。教室で教わった文型や文法の知識が、すぐに運用に結びつくという証拠が得られていないこともSLA研究者の多くがこのアプローチを支持しない理由の一つです。さらに、教師から一方的に与えられる指示や情報で完結する授業は、学習者の自律的な学習を支援しないという批判もあります。

コミュニカティブ・アプローチが注目される中で、単純に意味だけに焦点をあてたL2での活動を行うより、言語形式にも意識を向けた活動を行う方が、学習効果が高いことがSLA研究を通してわかってきました。そこで登場したのが、フォーカス・オン・フォーム(focus on form;言語形式への焦点化)という手法です。フォーカス・オン・フォームは、コミュニカティブな活動をしているときに、学習者の注意を自然な流れの中で言語形式に向けさせる教育的介入の手法のことです。フォーカス・オン・フォームを行うことで、言語形式と意味機能が同時に処理され、習得が促進するといわれています。

第11章 SLA研究に基づく日本語指導(2)

この章では、SLA 研究と結びつきが強い指導法としてTBLT(タスクベースの言語指導)とCLIL(内容言語統合型学習)を具体的な実践例と共に紹介します。TBLTやCLILは、内容と言語形式の両方を重視する指導法で、学習者の動機づけを高め、L2習得を促進すること、そして言語以外の能力も育成できる可能性があることに期待されています。

フォーカス・オン・フォームの考え方に沿った指導アプローチとして、近年日本語教育では TBLT (Task-Based Language Teaching;タスクベースの言語指導)と、CLIL(Content and Language Integrated Learning;内容言語統合型学習)が注目されています。どちらも“Learning by doing (今ここで使いながら学ぶ)”という考え方を持つ点で共通しており、それまでの文法重視のアプローチに見られる“Lean now, and use later (学習してから使う)”の考え方とは大きく異なります。

TBLT (Task-Based Language Teaching)とは、タスクをベースにした言語指導のアプローチのことを指します。日本語教育においては、「タスク先行型」(山内2014)という名前でも知られています。これらのアプローチは、文型導入から授業がスタートするPPP (文型ベースのアプローチ、→第10章 図2参照)の授業展開とは対照的に、学習者にタスク(例:ロールプレイタスク)を先に行わせてから、そのタスクに必要な表現を教えるという流れをとるものです。授業の冒頭でタスクに取り組むことで力試しをし、自分は何ができないかということを知った上で表現を学ぶことは、実生活での言語運用に近く、言語学習のモチベーションを高めるといわれています。

CLIL (Content and Language Integrated Learning)とは、特定の内容(教科やテーマ、トピック)を、目標言語を通して学ぶことにより、内容と言語の両方を身につけていくという考え方をもつ教育アプローチです。この点においては、CBI(→第10章参照)と似ているのですが、CLILは1993年の欧州連合(EU)発足に伴い、複言話主義や平和構築を目指す言語政策をきっかけとして生まれた背景を持ちます。

第12章 SLAと評価

「評価」にはいろいろな意味がありますが、この章では日本語教育を用いてSLA研究を活かした教育実践における評価(アセスメント)に注目します。第10章、第11章で学んだ教室での練習や指導法によって習得できたかどうかを、どのような評価法を使ったら確かめることができるでしょうか。実は、「評価が大事なのはわかるけど、ついつい次の授業の準備を優先してしまう」「そもそもテストの得点をどうやって語学の学習に活かせばいいかわからない」など、評価は難しいと思っている人が少なくありません。この章ではたくさんの専門用語が出てきますが、L2習得のためのより良い評価について考え、評価のイメージを変えることから始めてみてください。

第13章 SLA研究の方法(1):研究のネタを見つけて育てよう

この章では、SLA 研究を始める基本的な方法を学びます。まずL2使用者の日本語の使い方や学習方法などに関する疑問や発見、悩みをスタートラインにしてリサーチ・クエスチョン(RQ:研究課題)を設定します。続いて、研究方法が自分以外の誰にとっても具体的にイメージできるだろうかという視点でリサーチ・クエスチョンを問い直して、ブラッシュアップしていきます。身近な疑問からタネを見つけ、それを研究に育ててみましょう。

第14章 SLA研究の方法(2):研究を実らせよう

第13章ではSLA研究のタネを見つけ、量的データを用いた量的研究を中心にRQのブラッシュアップ、調査研究の基本的なプロセスについて学びましたが、この章では、量的データに加えインタビューなどの質的データも用いてタネを「研究」として育てる方法について紹介します。SLA 研究で用いられる質的データの種類、集め方、分析のアプローチの方法について学びます。また、量的データと質的データの両方を活用する混合研究法についても紹介します。さらに研究成果を発表したり、シェアする重要性について学びます。

第15章 SLA研究の今、そしてこれから

本書でSLA研究に初めて接した方は、まさにこれからがSLA研究の知見を教師や研究者、あるいは自分がL2使用者の立場として活かす始まりです。 その始まりのために、この章では第1章から第14章までのポイントに触れながら、SLA 研究の動向をまとめ、近年のSLA研究者の考え方や研究方法などの提言を紹介します。SLA研究の考え方が社会の状況の変容に伴って大きく変化してきた様は、「進化」と表現してもよいでしょう。その常に進化し続けるSLA研究の、今後の発展も探っていきます。

超基礎・第二言語習得研究SLA | NDLサーチ | 国立国会図書館

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