Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

田中美知太郎『ソクラテス』岩波書店(岩波新書)

これを読まされたの,高校1年生のときだったかな。「倫理」の授業の夏休みの宿題として。しかしこれ,それこそ「読書術」が身についていない高校1年生にとっては難しいでしょ。というのも,通読しようとして最初の方で挫折するから。

「わたしがこの仕事を引き受けてから,もう何年にもなるが,なかなか書けないで,やっとこの夏になって,一応これをまとめることができた。」という出だしで「はしがき」が始まるが,これは爺の遅筆自慢ではなくて,要するにそれだけソクラテスについて文章をまとめることが難しいということを言いたいらしいのであろう。それは例えば生年や没年が不確かであるとか,二人妻の伝説があったとか,有名な悪妻にしたってだいぶ盛った話だったんじゃないかとか,その思想の前に生活的事実においても事実の確定が難しいよということが,最初の2章で丁寧に(あるいは延々と)書かれいており,ソクラテスの思想について早く知りたいと思う読者は,戸惑うこと間違いなし。

要するにこの本は,ソクラテスの「分からなさ」ついて書かれたもので,それはつまり文献が少ない,つまりソクラテス自身が何も書き残さなかったし,ソクラテスについて書いたプラトンとクセノポンとアリストパネスの著作の中から,それら著者の思想とソクラテスの思想とを切り分けるのが難しいということに起因し,さらに喜劇詩人アリストパネスの中に登場するソクラテスはだいぶ「盛られている」感があって,プラトンなんかが書いたソクラテス像とは矛盾するということが,ますますことを難しくしているよう。ということで,田中美知太郎の書き方は学者としてまっとうなものではあるのだが,(繰り返すが)そうして書かれたこの本が,高校1年生の夏にふさわしいかと言われれば,否と言わざるをえない。

著者が言うように,

正直に言って,この書物は,ソクラテスのすべてを書いているということはできない。〔中略〕わたしは読者が直接に,プラトンの『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』『饗宴』など,いわゆるソクラテスの四福音書を読まれることをすすめたいと思う。わたしはこの書物は,プラトンのこれらの著作への前書き,あるいは補註のようなものであって,法廷におけるソクラテスや,彼の死の場面を,誰もプラトンほどに書くことはできないであろう。

ということで,ソクラテスの思想に触れたいのであれば,たしかに上記の4冊を読んだ方が遥かにいいだろう。

なお,悪妻説に関しては,

犬儒派の考え方では,貧乏とか,悪名とか,病気とかいうものは,ひとがよき人となるためには,むしろ歓迎すべきものなのであるが,悪妻もまた,人生修行の上において,何かよきだったものかも知れない。

というふうに著者は述べており,この価値観はニーチェ的ルサンチマンに通じるものがあるなぁと思った次第。

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ソクラテス (岩波書店): 1976|書誌詳細|国立国会図書館サーチ