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中野珠実『顔に取り憑かれた脳』講談社(講談社現代新書)

帯にこの著者(美人)の顔写真が載っている時点で勝ちじゃないかな,この本。中身的にはそれほど個性的なものはないというか,テーマに沿って研究結果を紹介していくというかたち。

はじめに

この優れた顔の認識能力こそが、人々の共同作業を促進し、地球を席する文明社会を築く礎となってきたのです。しかし、この他者の顔を認識するための機能が、鏡やカメラなどの普及によって「自分の顔」を認知するためにも使われるようになり、自己意識の領域までも侵食されてしまったのです。

人間にとって顔というものは、他者を理解するうえでも、そして自己を理解するうえでも、とても重要な意味を持っています。そのため、人間がどのような脳の仕組みで「他者」と「自分」の顔を認識しているのかを知ることは、視覚機能の範疇を超え、感情、社会性、自己意識がいかにして生成されるのかを理解することにつながります。

第1章 顔を見る脳の仕組み

こんなにも人が目を好きとのんで見るのはなぜでしょうか。それは「目がものを言う」からです。

人間は横長の白目を持つために、自分が今どこを見ているのかが他者に伝わりやすくなっています。そのおかげで、自分が関心を向けている対象に他者の目や注意を導くことができるようになりました。このように、人間の目は、外部から動きがわかりやすくなる方向に進化したために、社会的なシグナルの交という新たな役割を持つようになったのです。つまり、私たちが他者の目ばかり見てしまう癖は、他の霊長類とまったく違う適応戦略をとったことの表れと言えるのではないでしょうか。

MRIとは、水素原子の磁場変化を画像化する装置のことで、水分量の違いから体内の筋肉や内臓の形状を精密に写し出します。(…)このMRIの撮像方法を工夫することで、脳のどこが活動しているのかがわかるというのです。

ここまでの話をまとめると、人の顔を認識するためには、まず初期視覚野で検出された形の情報をもとに、そのすぐ近くにある後頭顔領域で目や口の形の情報処理が行われます。紡錘状回は、初期視覚野と後頭顔領域の双方からの情報を受け取り、顔のパーツの形状に加えて、それらの配置に関わる情報処理をしています。そして、その情報をもとに、下側頭回ではさらに高次元な顔の配置に関わる情報処理をしています。そして、この3つの顔の専門領域は、いずれも大脳皮質の底に分布しており、お互いに情報のやり取りをすることでいそれぞれの顔が持つ複雑な特徴を表現し、そのおかげで人物の同定をすることができるのです

大脳皮質の神経細胞の数は、およそ140億個もあると言われています。それなのに、たった205個の神経細胞の活動を調べるだけで、どんな顔を見ているのか読み出せてしまうのです。この研究成果を応用すれば、そう遠くない将来、私たちが頭の中で何をイメージしているか、すべてばれてしまうのかもしれません。

このように、たまたまできた模様や形が、人や動物の顔に見える現象は、パレイドリアと呼ばれるもので、人の認知スタイルが影響しています。 このとき、脳の中では何が起きているのでしょう か。

第2章 自分の顔と出会うとき

そもそも感情には2種類あります。怒り、嫌悪、恐怖、喜び、悲しみ、驚きという6種類の感情は、一次的情動と呼ばれ、さまざまな生物にも観察されるものです。人間の赤ちゃんも1歳になる前から、これらの感情を表に出すようになります。一方、恥じらい、罪悪感、嫉妬などの感情は、自分と他者や社会との関係性から生じる感情であることから、社会的感情あるいは自己意識的感情と呼ばれています。

新生児には生得的な顔の検出機構があり、それは上の方に暗い場所が2カ所あり、下の中央に横長の暗い場所がある、という程度の情報をもとに、その物体を追いかけて見る仕組みがそなわっているのだと考えられている。

生まれたての赤ちゃんが人の顔を注目して見るのは、上丘ー視床枕を通る皮質下経路のはたらきによるものだろうと推測されている。その情報をもとに顔の情報がたくさん脳に入り、顔を認識するための神経ネットワークが生後数カ月の間に急速に発達すると考えられている。

鏡像自己認知の発達の研究からは、鏡の中の像が自分であることを認識できるようになるのは、早くても2歳頃という結論が導き出される。

我々の心を常に悩ます複雑な感情は、「客体である自己」の姿を自己の中に取り込み、それを他者と比較する社会的な自己意識の発達により生まれる。

第3章 自分の顔に夢中になる脳

自分の顔には加工を強めにした方が魅力的と感じるのに、他者の顔には、そこまで強い加工を 加えない方が魅力的と感じているのです。どうやら、自分の顔に対してだけ、顔のレタッチ行動を強化してしまうような作用がはたらいているようです。

自分の顔写真を優先的に見つけたり、化粧や自分の顔写真の美加工に夢中になったりするのは、脳のVTA(腹側被蓋野)や側坐核というドーパミン報酬系のはたらきが関わっていると考えられる。

ドーパミンは、報酬に伴う快楽ではなく、期待していた報酬と実際に得られた報酬の間の違い=「報酬の予測誤差」を伝えている物質である。

自己意識には、身体の所有感などの原始的な自己意識や、複雑な感情などの社会的な自己意識、過去から未来まで連なるアイデンティティなどがあり、それぞれに脳のさまざまな場所のはたらきが関わっている。

第4章 自己と他者をつなぐ顔

コミュニケーションには非言語情報も大きな役割を果たしている。そして、言語情報と非言語情報が食い違うときは、非言語情報の方が強い影響を与える。

ポール・エクマンが行ったフィールド調査により、喜び、悲しみ、怒り、驚き、嫌悪、恐怖という6つの感情を表す表情は、全人類に普遍的であることが示され、現在でもこの考えが広く受け入れられている。

信頼できる顔や、魅力的な顔、瞬きによる間の共有など、顔からはさまざまな情報が発信され、コミュニケーションにおいて重要な役割を担う。まさに「顔」は自分と他者をつなぐハブとなっているのである。

第5章 未来社会における顔

アバターの見た目は、そのユーザーの気持ちや行動に影響を与えるという実験結果がある。実験を行った研究者は、この事象を、ギリシャ神話に出てくる変幻自在に姿を変える神、プロテウスにちなんで「プロテウス効果」と名付けた。

「潜在拡散モデル(latent difusion model)」など、AI技術の進歩によって、本物と見間違う存在しない顔を誰もが簡単につくれてしまう時代に突入した。

外面は常に自己の内面と深い関わりがあり、その内面は、外面の影響を受けて容易に変化する、可理的で不安定なものである。また、いずれの外面も、他者の反応から自己の顔を想像するという点で、自己と他者の関係性からつくられる想像的共有物である。しかし、それがないと、私たちの自己は不安定になり、他者との関係も上手く機能しなくなる。つまり、「顔」は、私たちが社会で生きていくうえで、必要不可々な通路なのである。

顔に取り憑かれた脳 (講談社現代新書 ; 2731) | NDLサーチ | 国立国会図書館

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