Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

モードリス・エクスタインズ『春の祭典:第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生』みすず書房

何なんだ,この本は。

というか,そもそもどこでこの本の存在を知ったか覚えてなくて(何か書評で目にしたか,あるいは単に『春の祭典』――僕が子供のころから好きだった曲――というのがタイトルについていたからか),しかし読みはじめてみたら面白くて止まらなくて,読み終えた今,達成感と寂しさとを感じている。

本書の要約は「訳者あとがき」から引くのがいちばん良さそうで,

バレエ『春の祭典』は二十世紀初頭のモダニズムの流れを受け,旧来のバレエの伝統を根本から破壊するきわめて前衛的な作品であり,そのテーマは生贄の犠牲によって新たな生を祝福するというものであった。著者は本書の中で文化しという角度からドイツを分析しつつ,一八七一年に統一を成し遂げ,第一次世界大戦とその敗戦がもたらした苦悩を経て第二次大戦へと突き進んだドイツを,十九世紀のヨーロッパ社会を支配したイギリス的秩序や価値観に真っ向から挑む,「抜きん出たモダニズム国家」であったと位置付ける。

とか,

第一次世界大戦を戦ったドイツ軍兵士は,ヨーロッパ世界を支配するイギリス的な古い秩序や価値観からの解放を求め,死によって新たな生を祝福する壮大な規模の『春の祭典』を演じたことになる。

とか,

何より新鮮だったのは,統一帝国建国後のドイツに対する著者の大胆なアプローチだ。十九世紀後半に統一を成し遂げたドイツは,一貫してヨーロッパの古い秩序に挑戦する。その流れは第一次世界大戦を経てヒトラーやナチズムの台頭を生み,やがてドイツを次の対戦での破滅へと導いていく。著者はこの一連の流れを文化の側面から解き明かそうと試みる。モダニズムやアヴァンギャルドという言葉の概念を芸術という枠から社会現象全般にまで拡げてドイツを理解しようとするのだ。

とか。本書を一読すれば,これらの引用は「うまいまとめだなー」って思えるけど,読んでない人にしてみれば「何いってんだ」って思われるだけかもしれない。

要するにこの本は,第一次大戦前から第二次大戦集結にかけてのドイツの歴史,あるいは文化史を描くんだけど,そこにストラヴィンスキーの『春の祭典』が通奏低音として鳴り響いている,あるいは『春の祭典』との符合を意識しながら描かれている,というべきか。「通奏低音」って言葉自体が陳腐なんだけど。

いちおう,『春の祭典』の台本を引用しておく。

〈第一幕〉
大地への接吻。春の祝賀……。増えが吹かれ,若者たちが運命を占う。老女がひとり登場する。この老女は自然の神秘を理解し,未来を占うことができる。濃い化粧を施した乙女の一団が川から上がり,縦一列で現れる。彼女たちは春の踊りを踊り,やがて遊戯がはじまる……。人々は二手にわかれ,たがいに向き合う。長老たちが列をなしておごそかに登場する。もっとも賢く,もっとも年上の長老が春の遊戯をさえぎる。乙女たちの踊りが止む。一同,その場に立って身体を痙攣させる……。長老たちが春の大地を祝福する……。人々は大地のうえで激しく踊り,大地を敬い,大地とひとつになる。

〈第二幕〉
崇高なる生贄の場面。輪になって歩む乙女たちの神秘的な遊戯が夜を徹して続く。乙女のひとりが生贄に捧げられる。彼女は運命によって二度選ばれ,いつ果てるともしれない踊りの中で二度捉えられる。選ばれた娘を乙女たちが結婚の踊りで祝福する。乙女たちは先祖の例に加護を祈り,選ばれた娘を長老たちにゆだねる。娘は長老たちの前で聖なる踊りを踊り,崇高なる生贄として我が身を捧げる。

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著者にいわせれば,「自由を求めて懸命に努力した結果,われわれが手にしたのは究極の破壊力であったという遠心的で逆説に満ちた二十世紀を見事に象徴するのは,荒々しく,ニヒリスティックなアイロニーに彩られた死の踊り」だし,「反逆のエネルギーにあふれ,生贄となる処女の死を通して生を祝福するこの作品は,生を求めようとして数百万もの優れた人々を死なせた二十世紀をまさしく象徴する」のである。

……いやなんかもう,どれだけ引用してもこの本の膨満感と絶望感は表現できなくて,なんなんだろう,圧倒的なディテールと引用の数,スコープの広さと展開の早さ・意外さ,大胆な解釈,そもそものふたつの大戦の「頭おかしい」感じ,これらが全部ないまぜになって……って,これ書いてても吐きそう。

209.71

春の祭典 : 第一次世界大戦とモダン・エイジの誕生 (ティビーエス・ブリタニカ): 1991|書誌詳細|国立国会図書館サーチ