Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

フィル・ナイト『SHOE DOGS:靴にすべてを。』東洋経済新報社

圧倒的に面白いんだけど,その反面,人生半ば固まった中年男がこういう本をどういう気持ちで読めばいいんだろう,とも思う。純粋なエンターテインメントとして消化すればいいって話でもある一方,ナイトが「せめて浮き沈みの経験を若い人たちに伝え,彼らがどこかで同じ試練や苦境を経験した時,何かしらのヒントと慰めを得られたらと思う」という気持ちで書いたこの本を,エンターテインメントとしてしか消化できないことの虚しさというか,そういうのを感じるんだよね。

しかしまぁ,スターバックスのハワード・シュルツの本なんかでも思ったけど,創業者(や中興の祖)がそのビジネスの歴史の中で常に正しい判断をしてきたかっていうとそうでもなく,そこにはやっぱり周囲のサポートというか「チーム」が存在したからこそいまのナイキやスターバックスなんかが存在するわけで,そういうのも羨ましいなぁと思う。

個性的な人々が登場するこの本の中で,やはり大きいのは,肩書的には共同創業者であり,ナイトの大学時代のコーチであったビル・バウワーマンの存在。用具に対する圧倒的なこだわりを持つバウワーマンがいたからこそ,ナイキは本当のシューメーカーになれたのであり(「自社製品を履いた選手が金メダルを取るまでは,一人前の会社とは言えない。」),そのミームは今にも受け継がれていて,最近の「箱根駅伝でナイキ独占」みたいな話に繋がっているんだろうなぁと感じる。

それにつけても,ナイキの歴史に日本の企業が大きく関わっているというのが,日本人としてはなんとも興味深い。ひとつはオニツカタイガー。その中でもキタミという自己中心的な人物は,絵に書いたような悪役ぶり。そして地獄の淵からナイキを救った日商岩井。ミスター・イトーの,ある意味典型的なサムライ的立ち居振る舞いがまた印象に残る。

この物語は1962年から始まるけれど,今の感覚じゃあ62年なんてすっかり戦後でしょと思うんだが,当時の東京はまだ復興の途中で,そして日本にやってきたナイトは「戦争相手と商売するのか,俺?」みたいな自省を何度も繰り返してて,そういう感じだったんだなー。

それにしてもこの本,フィル・ナイトのビルドゥングスロマンのように見えて,「主人公が成長している」感じってのがあまり感じられないんだよね。いや,ビジネス自体は紆余曲折ありながら成長しているんだけど,ナイト自体はずっと自省的でシャイでしかし「勝利」を渇望しつづけてそして根本的に「オレゴンの男」でありつづけているという。そこがまた面白いというか,ユニークだなと思う。

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最後の最後に余談だけど,表紙デザインは原書を踏襲しているようでいて,微妙にバランスが悪いというか,平たく言えばダサい。これきっと,日本の本は帯を意識したデザインになっているからだよね…。

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