Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか:対立を超えるための道徳心理学』紀伊國屋書店

タイトルで損してないか? 「左と右」なので政治の話がメインに思ったけど,実際には深くて広い道徳心理学の話だった――政治における「左と右の対立」は最後に出てくるけれど。著者がいう「まず直感,それから戦略的な思考」に従えば,この邦題は潜在的読者の直感に意図せぬかたちで作用していると思う。

原題は「The Righteous Mind」。著者と訳者がこのタイトルについてこう解説している:

人間は生来道徳的であるのみならず,道学的,批判的,判断的な本性も持つという意味を明確に伝えたかったので,「正義心(The Righteous Mind)」というタイトルを選んだ〔本書の原題である righeous mind とは,「道学的,批判的,判断的な本性も持つ」とあるように,「偏狭な正義感」を含意し,「普遍的な正義を求める心」ではない。〕

著者の主張としては,1)道徳的な判断には直感や情動のはたらきが重要だというヒュームが正しいというスタンスで,2)「道徳基盤論」,つまり味覚が〈甘さ〉や〈辛さ〉などから構成されるように,道徳的判断も6つの構成要素――〈ケア/危害〉〈公正/欺瞞〉〈忠誠/背信〉〈権威/転覆〉〈神聖/堕落〉〈自由/抑圧〉――からなり,3)人間は基本的に利己的であったとしても,ときには集団の利益を最大化するようにふるまうし,集団内での協力関係やそれを可能にする道徳が,人々の適応的な優位性を与えた,というもの。

松浦大吾の本 *1 でも本書が引用されているし,松浦の基本的なスタンス――〈乗り手〉ではなく〈象〉にうったえる――も本書の主張に沿っている。また,松尾匡の本 *2 には松尾の考える「右翼と左翼の定義」があったけど,本書の「6つの構成要素」に比べると平板に感じられる。

あの忘れがたい名曲『イマジン』で,ジョン・レノンはリベラルの夢を見事にとらえていたことに思い当たる。国も宗教もない世界を想像してみよう。私たちを隔てる国境や境界を消し去ることがきるのなら,世界はきっと「一つ」になるだろう。これはいわばリベラルの天国だが,そんな世界はすぐに地獄と化すはずだと保守主義者は考えている。思うに保守主義者の直感は正しい。

なぜアーティストはリベラルが多いのかというのは個人的に疑問に思っていたが,本書の以下の一節がその答えになるかもしれない。

遺伝子は(集合的に),人によって,脅威により強く(あるいは弱く)反応し,目新しいもの,変化,初めての経験にさらされると快をより少なく(あるいは多く)感じる脳を生む。これらは保守主義者とリベラルを分かつ,二つの主要な性格要因であることが一貫して示されてきた。政治心理学者のジョン・ジョストは,それ以外のいくつかの特徴をあげているが,そのほとんどは,脅威に対する感受性か(たとえば保守主義者は死を思い起こさせるものにより強く反応する),新しい経験に対する開放性か(たとえばリベラルは秩序,組織,閉鎖性の必要性をあまり感じていない)のいずれかに,概念的に関連する。

人間の価値観は遺伝子が〈草稿〉を描いている。リベラルは新しい経験に開放的だし,アーティストは基本的に新しい経験を求めてそれを生みだす人だ。

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社会はなぜ左と右にわかれるのか : 対立を超えるための道徳心理学 (紀伊國屋書店): 2014|書誌詳細|国立国会図書館サーチ