Dribs and Drabs

ランダムな読書歴と音楽にまつわる備忘録

福田和也『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである:コロナ禍「名店再訪」から「保守再起動」へ』河出書房新社

さすがに枯れたねぇ,福田和也。「枯れたのがまたいい」とかじゃなくて,ただ枯れてるし,ただもの悲しい。昔取った杵柄で文章書いてるだけ。「男はとんかつだと思っている」と言い切りながら,それを納得させるような文章がひとつも出てこない。「保守を自認」はいいんだけど,「保守を自認」とてらいもなく書くのは無粋だと思う。

はじめに

生き方にしろ、生きがいにしろ、簡単に答えの出るものではなく、誰にでもあてはまるような考えはない。しかし、色々な価値観や方針の底に流れている大きなものがあって、その流れが一人一人の個性や人格を支えている。この底に流れているものが、「日本人である」ということだと、私は考える。

日本人は彼方にあるもの、彼岸に価値を置くのではなく、自分たちが一緒に暮らしていく、今生きている人とのつながりを大切にし、その中で生きている価値を認めてきた。それを暮らしの中で育み、制度や宗教、文化として実現してきたのである。

1 男はとんかつである――逆境で街の風味を守る秀逸なる三軒:大井町「丸八」/巣鴨「とん平」/銀座「とん花」

小説を書く体力維持のためにランニングを続けている村上春樹は、肉体をないがしろにすると、必ず肉体の報復を受けると言っているが、今まさに私はその報復を受けているのである。

ただ好きなだけではない。男はとんかつだと思っている。とんかつを食べる体力、数多あるとんかつから好みのものを選び食する選択眼、それが男には必要であり、とんかつの食べ方で男の度量が測れると信じている。

今は一カ月一回食べるのが精いっぱいという体たらくだが、この数年、間をおきながら通い続けている店が三軒ある。/大井町の「丸八」、巣鴨の「とん平」、銀座の「とん㐂」である。

「レシピは創業当時から変わっていません。片面に卵を二回つけて、その面を下にして揚げます。こうすると、肉のうま味が全て卵に吸収されるんです。大鍋で一度揚げたとんかつを小鍋でさっともう一度揚げるので、油切れがよく、口当たりもよくなります」

2 銀座の余裕と底力――「美と食の街」の品格を守る三軒:おでん「おぐ羅」/バー「ロックフィッシュ」/理容「米倉」

この街には日本で一番いい女がいて、美味い料理と酒がある。異論はあるかもしれないが、そういう前提で、数百という料理屋、レストラン、バーがしのぎを削っている。

材料はウイスキーと炭酸だけなのに、何故それほどの味の差が出るのかといえば、そこには店主の間口ールさんのとだわり抜いたレシピが存在する。まず、ウイスキーはアルコール度数43度のサントリーの角瓶。かつて角瓶は43度だったが、現在は40度に統一されている。この店で使われているのは復刻版の43度のウイスキーのみ。それにウィルキンソンの炭酸を注ぎ、レモンピールを絞る。割合はウイスキー1に対し、炭酸は3。大切なのはウイスキーも炭酸もグラスもキンキンに冷やしておくこと。氷は入れない。

初めての「米倉」で驚いたのは、技術の素晴らしさもさることながら、衛生観念の高さだ。/まず店に入ったときの空気が、それまで行ったどの床屋よりも清澄だった。どれだけ掃除と換気が行き届いているかが分かった。

3 上野で昼酒の快楽を――日本の文化と伝統を宿す三軒:蕎麦「蓮玉庵」/居酒屋「たる松」上野店/蕎麦「吉仙」

明治時代から文人たちに親しまれ、坪内逍遥の『当世書生気質(かたぎ)』や森鷗外の『雁(がん)』に登場し、斎藤茂吉は「池之端の蓮玉庵に吾も入りつ上野公園に行く道すがら」という歌を詠んでいる。川口松太郎、久保田万太郎、谷崎潤一郎も常連客だった。

令和二年一月に亡くなった坪内さんと私は『週刊SPA!』で「文壇アウトローズの世相放談 これでいいのだ!」を平成十四年から三十年まで十六年間、担当した。毎回どこか店を決め、飲み食いしながら文学、政治、スポーツ、芸能など多岐にわたるテーマを語り合った。/我々は保守論客で仲がいいと見られていたけれど、実は多くの点で反りが悪かった。ただ二人とも「保守とは横町の蕎麦屋を守ることだ」という福田恒存の言葉を条としていた。/店の好みも全く違っていたけれど、たる松は二人とも気に入っていた。

飲食店は料理や酒を出して利益を得ているだけの存在ではない。店主はそれぞれ、こんなものを世の中に提供したいという志をもって開業し、それが支持されて繁盛店にもなり、何代も続く老舗にもなる。その営為は日本の伝統や文化と結びついている。

4 浅草アナーキーと気骨の店の奮戦――仕事で勝負する二軒:居酒屋「たぬき」/寿司「468」

念のため説明すると、ホッピーはホッピービバレッジという会社が開発したノンアルコール飲料である。麦芽とホップで作られ、アルコール度数は〇・八パーセント。ただこれだけで飲む人は少なく、普通は焼酎をホッピーで割って飲む。

ちょっと見ただけでは寿司屋とは思わないだろう。何しろ店名は「468」。これで「ヨーロッパ」と読む。しかも握り寿司ではなく、棒寿司専門の店なのだ。

棒寿司はテイクアウトに適しているし、ここほど美味しい棒寿司は東京にはそうないので、需要は絶えないだろう。事実、取材をしている間にも何人かのお客さんが予約した寿司を取りにきていた。

5 神保町で本を買い、洋食を食べる――客との信頼関係を大事にする二軒:洋食「キッチン南海」/ビヤホール「ランチョン」

私は保守として、堂々「靖国神社よりもキッチン南海を守る」と公言してきた。/もちろん、英霊を祀り、敬慕するのは、現在を生きる私たちの務めである。けれど同時に、神保町のような街に、安くて旨くて繁盛しているキッチン南海のような店があるということもまた、長い時間をかけて作られてきた、日本人の文化や精神生活の結晶なのだ。

保守の前衛(アヴァンギャルド)1 角川春樹と「人間への敬意」

保守の前衛(アヴァンギャルド)2 石原慎太郎という「時代精神」

6 京都で和食の頂点を――日本料理の極をきわめつくした逸軒:懐石料理「千花」

7 京都で「日本の根源」を考える――歴史と文化の都を象徴する酒場:酒処・お食事「京極スタンド」/BAR「エル・テソロ」

8 門前仲町の居酒屋を愛する寺社と町民――常連を持つ名店:居酒屋「魚三酒場」/小料理屋「しか野」

9 保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである――再訪 大井町「とんかつ丸八」

私は保守を自認している。/私の言う保守は政治イデオロギーではない。政治というよりは文化、文化の中でもより生活に密着した、日常茶飯事に関する文化に対して鋭敏であるということだ。/文化とは、持続的なものである。瞬間的に現れ、瞬間的に消える文化などありはしない。/刹那の煌きが、時に人を魅了することがあったとしても、魅力を感じる人々の感性は、長い時間をかけて醸成されてきたものなのだ。/新しいものを、新しいものとして認識するためには、古きもの、それまでに過ぎ去ったものへの確かな認識が必要だ。/文化の持続性が、最も強く発揮されるのが、日常生活である。

おわりに

保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである : コロナ禍「名店再訪」から「保守再起動」へ | NDLサーチ | 国立国会図書館

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