Dribs and Drabs

ランダムな読書歴に成り果てた

深尾京司『世界経済史から見た日本の成長と停滞:1868-2018』岩波書店

何を思ったか妻が買ってた(知人に勧められたらしい)。

著者が「はしがき」で述べるように,「本書の目的は,このような日本の経済発展を,長期的な視点から数量的に分析すること」にあって,そして本書は先行研究と比較して,以下の4点において新しい研究を目指している。

  1. 従来の研究よりも長期的な視点に立つ。
  2. 日本の長期経済発展に関する従来の多くの研究は,一橋大学経済研究所を中心に編纂された『長期経済統計(LTES)』シリーズのデータに基づいているが,本書では著者を含む一橋大学経済研究所のグループが最近新たに推計した,人口1人当たりGDPの長期系列を中心に,マクロ経済に関する最新のデータを用いて分析を行う。
  3. 時事問題として分析されることが従来多かった1990年代以降の日本の長期停滞を,もっと長期的な視点から捉え,停滞の原因を,二重構造や日本的雇用慣行,貯蓄超過問題など,戦前期や1970年代に起源をもつ構造的な問題として分析する。
  4. 著者を含む一橋大学経済研究所のグループが新たに推計した,1874年から2010年代をカバーする都道府県レベルの県内総生産(GPP)や就業者数,産業構造に関するデータを用いて,地域間の労働生産性格差や不均一な産業構造変化がどのようにして推移したかを分析する。

ということ,内容紹介

明治維新の改革で植民地化を回避し、戦後は世界初の高度成長や長期停滞を経験した日本の経済発展は興味深い事例である。超長期統計を基に、世界経済史の視点から日本の成長の原動力と停滞脱出の方策を解き明かす。

著者紹介

東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(経済学修士)。日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所長。専攻はマクロ経済学、数量経済史、国際経済学。

となるのだけど,これは完膚なきまでに研究書で,その文章を支える先行研究の量に圧倒される。そして,これは経済の本であり,歴史の本である。まさか「墾田永年私財法」が出てくるとは思わなかった。あと序章ね。次から次へと繰り出されるチャートを見ていると,ハンス・ロスリングを思い出さずにはいられなかった。

しかしまぁ,これを読んでいると,日本がこれまでの歴史でいかにラッキーだったかというのをつくづく感じさせられるのである。例えばなぜ日本が欧州列強の植民地支配を逃れたかについて,

日本が独立を維持した背景として,江戸時代にもいても幕末の混乱期では比較的統治がしっかりしていたこと,明治維新時に倒幕勢力と幕府側の全面戦争に至らずに中央集権的な国家の設立に成功したこと,日本の開国を主導した英国が日本に対して主に貿易利益を求めたこと,人口密度が高いわりには列強を引きつける天然資源に恵まれていなかったこと,等が指摘できよう。

とか。

そして,その欧州の帝国主義にならって日本が植民地支配したときも,経済的な効果はなかったといい,

日本の場合には植民地圏維持・拡大のために軍事支出が増加した可能性も高い。結局,植民地支配によって一部の日本企業や軍関係者は独占的な地位等により利益を得た

というのが,なんとも日本っぽい。

冒頭に掲げた「新しい研究を目指している」と著者がいう4点のうちでいちばん興味をもったのが,「1990年代以降の日本の長期停滞」だが,これについては第5章の冒頭で見事にまとめられている。

高度成長期の労働生産性上昇は,資本装備率の上昇と,欧米からの技術移転,長期雇用関係に基づく企業内訓練や系列取引を通じた中小企業への技術移転による全要素生産性の上昇に支えられていた。しかしこのシステムは,生産年齢人口増加の原則,技術移転の官僚,製造業における東アジア諸国のキャッチアップ,生産の海外移転など,1980年代以降の環境変化の下で,変革を遅らせる制度的桎梏として作用する。国際化・技術革新に取り残された中小企業と,企業内訓練から排除された非正規労働者が労働生産性を減速させた。また長期的雇用慣行と資本蓄積の停滞により,日本は情報技術(IT)革命で後れをとった。この時期はまた,貯蓄超過による慢性的な需要不足により,超円高による不況やバブル経済の発生と崩壊など,マクロ経済が混迷した時期でもあった。

そういえば子供のころ「ナイジュカクダイ」って言葉が流行って,当時の首相だった中曽根がどこかのデパートでネクタイだかなんだかを買ってるシーンをテレビで見たな……なんてことを思い出したけど,結局内需は昔も今も拡大してないし,将来的にも拡大しない。

バブルに発生についてもさくさくまとめられていて,アメリカの政策(レーガノミックス)のあおりをうけて,しかしアメリカとの関係上,日本には交渉力がなかった,しかし日本は日本で為替を気にして金融引き締めすることもできず……っていう,ある種「なるべくしてなった」感があるんだけど,まぁ虚しいもんですね。

最後の最後で著者が「今後の日本経済が復活するための処方箋」的なものを書いているんだけど,どれも理論的には納得できてもパンチに欠けていて,そのことが日本の構造的などうしようもなさと将来の暗さを予感させるという……。

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