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ランダムな読書歴に成り果てた

森功『国商:最後のフィクサー葛西敬之』講談社

国士と政商、あわせて国商。それをタイトルにしておきながら、「その評価はいまだ定っていない」ってなんじゃそりゃ。〈最後のフィクサー〉というフレーズにしたって,本文中にたしか1回しか出てこず,しかも「…と言われている」と述べるだけ。このタイトルをつけたのは編集者か著者かしらんけど。

〈フィクサー〉という割にはあまり凄みが感じられず,葛西があれやこれやで人脈を作ってそれを官邸に送り込み安部などと関係を築いたというのはなんとなくわかったけど――まぁそういうのが現代のフィクサーなのかもしれないけど――,本質とは思えない些細な箇所に必要以上に文章を割いている印象があったり。

JR西日本の福知山線の事故は,運転手と車掌が対立する労組だったことが事故の遠因で,「国鉄なら起きなかった」って書いているけど,なぜ言い切れるのか。

はじめに

一国の首相が「憂国の士」と敬愛してやまない葛西は、財界のかかでも類を見ない愛国者に違いない。反面、日本という国を舞台にビジネスを展開し、政府や政策を操ろうとしてきた。政策の表舞台に立たない黒幕だけにその実態はほとんど伝えられなかった。最後のフィクサーと呼ばれる。葛西敬之の知られざる素顔に迫る。

序章 国策づくり

「普通の人と違っている点は、葛西さんの話が最後に国益に結び付くこお。戦後、財界はもとより政治の世界にも金儲けばかりを考える人たちが多くなってきました。葛西さんは今の財界人にはないタイプでしょう」

葛西が政策面で影響を受けた人物としては,中曽根のブレーンだった瀬島龍三が思い浮かぶという。戦中と陸軍参謀から戦後伊藤忠商事の会長になって中曽根のブレーンとなる瀬島と国鉄改革を成し遂げた葛西の関係について詳細は後述する。

第一章 鉄道人生の原点

そこを見越してスト権ストを骨抜きにしようとした中心人物が,中曽根である。三木政権で自民党幹事長に就いていた中曽根は表向き,与党の幹事長として政権を支える立場にあった。だが,中曽根は三木の容認したスト権スト潰しにまわり,国労は中曽根の前に屈服した。

「そういう日本の労働界の構造を中曽根さんぁ国鉄の分割民営化で叩き割っちゃったんだ。結果、わが国にストライキがなくなった。中曽根改革の最大の成果は何か、と問われたら、そこではないでしょうか。」

「つまるところ、国鉄の最大問題は何だったかというと、抱えた借金とストライキであるわけです。その二つを解決するためには民営化と地域分割が必要だっあ。国鉄社内と割れたけど、自民党でも、そこで三塚さんと加藤さんがずいぶんやり合った。しかし、仮に今のJRが分割されずに一つのままだったとしたら、JR労組がいまだ権力を持っているでしょう。分割されたからこそ権力を保てなくなった。」

第二章 国鉄改革三人組それぞれの闘い

国鉄改革はまさしく日航と同じ時期に進められた。分割民営化には、中曽根、瀬島、三塚というトリオが期のし、やがて単なる民営化ではなく、地域分割の流れができていった。初めは葛西が国鉄側で彼らの手足となって動いた。のちに井手と松田がそこに与していく。それが、改革三人組の実態である。

第三章 「革マル」松崎明との蜜月時代

「国鉄の分割民営化で国労を敵に回した葛西が抱き込んだ相手が、動労委員長の松崎明でした。いくらなんでもそれは危険だと井手たちは逡巡しました。けれど、葛西はお構いなしでした」

「ひょっとすると、これは葛西が労務に疎かったからこそ思いついた発想かもしれません。労務に詳しい井手だと、革マルという過激な組織を内部に抱える動労の松崎と組むなんて考えは、思いもつかない。職員局にいた松田もそうでしょう。しかし、葛西はこんな大胆な戦略を立てた。葛西の後ろに戦中関東軍参謀を務め、戦後はソ連のスパイ容疑までかけられてきた瀬島龍三がいたからではないでしょうか」

第四章 動労切り
第五章 ドル箱「東海道新幹線」の飛躍

「あの頃の葛西さんは今ほどの大物には見られていませんでしたけれど、目的のためには手段を選ばない、というか、非常に合理的な考え方をする。どこに話を持っていけば結論な早いか、キーパーソンを落とせばいい、と考える。それが“葛西流”で、いつしか“火砕流”ともじられるようになりました。」

結果、菅たちの有志の会“JR十三人衆”を援軍につけたJR東日本の反対運動が一定の成果を得る。政府の3600億円の年金負担要求に対し、半分の1800億円で折り合い、99年2月に修正年金法案は成立した。おかげで菅はJR東日本に感謝され、住田や松田との蜜月関係が長く続いていく。

第六章 安倍政権に送り込んだ「官邸官僚」たち

第二次安倍政権から岸田政権発足にいたるまで、官邸の主要人事には、常にJR東海の葛西紀之と元警察官僚の杉田和博という実力者の影がちらついてきた。一介の企業経営者にすぎない葛西が、そこまで影響力を行使できたのはなぜか。さかのぼれば、その理由はやはり国鉄民営化前後のJR各社の動きを抜きに語れない。

第七章 首相官邸と通じたメディア支配

政界に対する葛西の悲願は東大時代の同級生である与謝野馨を総理大臣にすることだったとされる。「四季の会」はそのための集まりだった。

葛西には、国鉄改革における成功と失敗の体験がある。成功は国鉄時代に労働組合員の職務怠慢情報を流してマスコミを導き、旧国労を壊滅状態に追い込んだことだろう。失敗は革マル派の動労あらプライベートなスキャンダルを流され、窮地に陥った苦い経験だ。どちらもメディアが介在した実体験である。それゆえのことほのかメディアの左傾化を恐れ、忌み嫌う。

第八章 美しい国づくり目指した国家観

(葛西の)根差す国家観は反共産主義、独立した強い国づくりであろう。親米、反中、嫌中でありながら、米国追従でもない。世界に通用するにほんの技術力を信頼して育てると同時に、自らが率いるJR東海を繁栄させる。それが企業経営者としての理念だった。

マスコミに関して安倍や菅と思いを通じ合う葛西紀之もまた、NHK対策で手を携えてきた。NHKをはじめとしたマスコミのコントロールは、積年の願いでもたった。ある意味、安倍から菅と続いた長期政権ではその願いが叶ったともいえる。やたら政権に従順な御用メディアが目立ち、御しやすかったのではないだろうか。

政界が大きく揺らぐため、国商葛西の評価はいまだ定まっていない。

第九章 リニア新幹線実現への執念

財投受け入れは、支援してきた首相を助ける有効な一手――。限られた命を告げられた葛西紀之には、そう映ったのではないだろうか。

第十章 「最後の夢」リニア計画に垂れ込める暗雲

常電導と超電導の違いは磁力にある。常電導リニアだと,車両が1センチほどしか浮かばないが,超電導では強力な磁石で10センチも車両が浮き上がる。氏家純一が証言したように,葛西は「日本の技術は中国とはレベルが違う」と公言し,JR東海のホームページにも,10センチの浮揚により時速500キロ以上の高速走行が可能だと高らかに謳っている。

第十一章 覚悟の死
終章 国益とビジネスの結合

国商 : 最後のフィクサー葛西敬之 (講談社): 2022|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

289.1 : 個人伝記